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August 2008

25. August 08

【コラム】詩人・加島祥造さんを囲んでの夕食会(伊那谷・晩晴館にて)

 詩人で英米文学者の加島祥造さんを囲んでの夕食会が,加島さんのアトリエ 「晩晴館」 の庭で開かれた。
 加島さんはもともとフォークナー研究の第一人者として内外に知られる英米文学者で,大学教官時代(信州大学,横浜国立大学)は,多くの英米文学の翻訳も手がけてこられた方である。近年は老子,荘子,白楽天などの中国の漢詩を自由律で和訳する一連の仕事に取り組まれている。昨年はそのような長年の仕事の集大成とも言うべき詩集 『求めない』 (小学館)が詩集では異例のベストセラーとなり,この詩集がきっかけで加島さんのことを知った方々も多いであろう。
 今回の夕食会の会場になったのは加島さんが住まいをかねて信州の伊那谷に構えた広いアトリエの庭。このアトリエ自体を 「晩晴館」 と呼ぶ。夕食会のためにここに集まったのは,新聞社,出版関係者やドキュメンタリー作家をはじめ,地元芸術家や音楽家,画廊オーナーなど総勢70名ほど。皆さんそれぞれに加島さんとは不思議なご縁のある方々ばかりである。
 私と加島さんとの出会いは今から4年ほど前になる。加島さんとのご縁は,私が 『芸術・思想家のラストメッセージ』(フィルムアート社刊)という本の中でユングの短い評伝を書いた際,ユングの晩年の心境を表した個所でどうしても老子の言葉を引用したくていろいろと文献をあたっていたところ,加島さんが翻訳した道徳径の中に素晴らしいセンテンスをたくさん見つけて,加島さんの言葉を引用させていただいたのが始まりである。
 老子を始めとする漢文は,読み方はもとより,その意味すらも抽象的で難解である。それに対して加島さんが全訳に取り組まれた道徳径全81章は,暖かい液体のように自然と心と体に入ってくるような文章である。それはユングが独文で書いた自伝に引用されていた老子の言葉にもっともニュアンスが近かったのである。私は 『芸術・思想家のラストメッセージ』 が上梓されるとすぐにこの本と,これまでの自著のいくつかを併せて加島さんにお送りした。その後,加島さんからもお礼のお手紙をいただいた。普通ならばここで終わるところだが,しばらくしてまた加島さんからお手紙をいただいた。その内容は,自分はユングの言葉について10年来探している言葉があって,その言葉が本当にユング自身が言った言葉なのかを知りたい,という内容のものであった。
 加島さんが長年探していたユングの言葉とは,これである。

“人間にとって決定的な問いとは,自分が限りなきものとつながっているかどうか,ということである”

 これは間違いなくユング自身が言った言葉で,私も独文と英文で書かれたユングの自伝を両方とも原著で読んでいるからすぐにわかった。そこで私は英米文学者でもある加島さん宛てに,英語版のユングの自伝の中からこの言葉が出てくるページをコピーしてお送りしたのである。それを受け取られた加島さんはたいへんに喜んで下さり,後に加島さんが出版された著書 『エッセンシャル タオ』(講談社)のイントロに,このユングの言葉を載せている。
 これらのことを通じて私と加島さんの交流が始まったのだが,後からいろいろと不思議なことがわかってきた。その一つは,私と加島さんがほぼ同時期に,デイヴィッド・ローゼンのユング研究書をやはり原著で読んでいたことである。もちろん私が加島さんと知り合うずっと以前の事である。まさにユングのいうところの“地下茎”とか,仏教哲学の阿頼耶識の領域にでもふれたような体験であった。そして晩年ユングが自伝に老子の言葉をいくつも引用していった心境も少しずつ理解できるようになったのである。
 おそらく私の他にも,毎年この「晩晴館」に集まる方々は,いろいろなかたちで加島さんと不思議なご縁がある方ばかりなのであろう。谷の中にひっそりと立つそのアトリエは,名も無きあぜ道や小川などに囲まれ,生命の源のようなエナジーがみなぎっている,老子のいうところの「玄」の領域そのものなのである。ここで信州の山の幸を皆で戴きながら,虫の音とともに天竜川の花火大会を見て楽しむひとときは,われわれに滋養を与えてくれる。

【加島祥造さんの最近の著書】
詩集『加島祥造セレクション 秋の光』(港の人,1890円)
『静けさに帰る(帯津良一氏との対談集)』(風雲社,1575円)
『LIFE』(パルコ出版,1575円)
『HARA-腹意識への目覚』(朝日文庫,525円)

【加島祥造さん個展案内】
10月2日(木)~8日(水) 名古屋丸善ギャラリー
(丸善名古屋栄店 4階ギャラリー)

【加島祥造さんトークショー】
9月13日 北九州市民文化大学
問い合わせ=同大学事務局 090-522-5008

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17. August 08

【名古屋芸術大学・芸術療法講座】2008年度 後期集中講座の準備 

 9月から始まる名古屋芸大・芸術療法講座の後期集中講義の準備を始めている。
 シラバスを見ての通りだが,昨年とは大幅な改編はない。その代わり昨年受講した学生からたいへんに要望の多かった映画・映像作品についても補足していくつもりである。
 名古屋芸大で行っている芸術療法講座の講義は,タイトルこそ「芸術療法」であるが,内容は「芸術療法」に限定したものではない。むしろ昨今の「芸術療法」周辺領域に対する問題提起を込めた内容であると自負している。その問題提起とは,昨今例えば「アート」と「癒し」(私は基本的に“癒し”という言葉を安易に使うのは嫌いだが)をいとも簡単に結びつけてしまう傾向などがあげられるだろう。それによって世間ではアウトサイダー・アートがその本質を理解されぬままもてはやされたり,擬似健康番組が量産されていく結果となる。その過程においてもっとも問題となるのは,人が「病む」という問題について深く考察する機会を得ぬまま,「癒し」の様式や結果だけを求めていくことである。それらの要因を生んでいる原因の一つに,医療現場に関わる者は,しばしば芸術についての体系的理解が不足していたり,また方法論としてアートをセラピーの現場に導入していくアーティストやクリエイターも医学概論として医学という学問をあまり理解しているわけでもないということがあげられる。この双方のコミュニケーションの希薄さが,「病」というものを互いに深く考察し,ケアの方向性を精密にデッサンしていくことへの困難性を生んでいる。

 本来,「アート」と「医療」,または「芸術」と「医学」はそんなに容易く結びつくものではない。だが,それらを横断する接点は必ず存在しているということを実感するためにも,私の講義では毎年,ギリシャ時代までさかのぼって西洋美術史と医学史を同時進行で横断しながら学生らに学ばせている。これは,芸術と医学の両極が,それぞれ「病」と「身体」について,歴史的にどう関わってきたのかを知るためである。
 例えば,「病」とは一体どこからやってきたのだろうか? 人類は歴史的に「病」とどう対峙してきたのだろうか? これらを深く考察することで,「癒し」よりもまず,「病」とは何なのか,ということを「医学」と「芸術」の2つの座標から考えることからスタートする。
 芸術大学で行う講義であるから,図版,動画といった視覚的資料を多様していくが,内容的には医学部で行う医学概論や医療人類学の講義に相当するものである。
 昨年は,古代ギリシャから現代までを,代表的な芸術作品と医学史年表で振り返ったが,今年は学生の要望の多かった映画,映像,ドキュメントフィルムなどを「現代の身体的表現」というカテゴリで補足していく。その中にはもちろん今日のクリエイターを目指している学生らが日頃の創作活動の中で大いに刺激を受けているであろうSFX映画やゲームなども含まれる。また,近代日本の「闇」の部分を非常に秀逸に描いてきた表現として,怪獣映画や怪奇映画などについても言及する。つまり今年はこれらのものをもって,「病」,「身体」,「表現病理」について学生らとともに考えていく内容にしたいと考えている。
 現在それらを含めた映像資料を鋭意編集中である。 

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15. August 08

【試写会】『マシュー・バーニー:拘束ナシ』(映画美学校第2試写室)

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 美術家マシュー・バーニーのドキュメントフィルム『マシュー・バーニー:拘束ナシ』が京橋の映画美学校の第2試写室で上映された。マスコミ試写であるこの日は,40席ほどの試写室はすべて来場者で埋まり,通路に座布団を並べた桟敷席まで用意するほどの盛況ぶり。マシュー・バーニーの作品が今年の横浜トリエンナーレにも出品されることもあって,各界からの関心の高さがうかがえる。またここの試写室は京橋,銀座界隈に多く残っている老舗の工業ビルの中にある。その地下は船のボイラー室を思わせる堅牢な作りになっており,偶然にも今回上映される作品の雰囲気に見事にマッチしていた。
 マシュー・バーニーの作品を見るのは,私も日本作家の一人として出品していた現代アートの国際展『人間の条件』展(1994年・青山スパイラル,キュレーション=南條史生)で,ビデオアート作品を見て以来,実に約10年ぶりである。当時彼の作品を見たかぎりは,あまり強い印象は残っていなかったが,今回の最新ドキュメントフィルムを見ることによって,彼の当時の作品から一貫してコンセプトにあった「拘束からの解放」というテーマがより鮮明になったように思う。
 『マシュー・バーニー:拘束ナシ』は,スポーツとアートの境界線を横断するようなマシュー・バーニーの「拘束のドローイング」シリーズの9番目にあたる作品の制作過程を追ったドキュメントフィルムである。「拘束のドローイング9」では,彼はパートナーのビョークとともにわが国の調査捕鯨船「日新丸」に乗り込み,撮影スタッフのみならず,捕鯨船船員らの協力も得て,油性樹脂の巨大な抽象彫刻を制作する。この彫刻は,操業中の「日新丸」の甲板に数日間放置された後,樹脂を囲っていた金属の型を外し,その抵抗の開放によって固形化して見えた樹脂の彫刻が自重により変形,崩壊していく様子をカメラに収めている。作品で使用された油性樹脂は,鯨の皮下脂肪組織を暗示しているが,実際には鯨の皮下脂肪組織というよりはヒトの体脂肪組織や,あるいは排卵期を経過した女性器から分泌される粘張度の高いバルトリン腺液やスキーン腺液などの分泌液のようでもある。その樹脂の中にマシュー・バーニーが顔を埋めるパフォーマンスを過去に行ったフィルムを見ていると,その行為自体に彼の個人的な性的行為を連想してしまうのである。このドキュメントフィルムの中には,そのような性的メタファとなり得るような要素が多く登場し,それ自体がマシュー・バーニーが一貫して描いている身体性の認識と繋がっていくのである。
 「拘束からの解放」をテーマに掲げたマシュー・バーニーの一連の仕事の源流はスポーツにある。実際のアートワークでは,アトリエに設置された勾配のある板の上を疾走したり,ジャンプしたり,中吊りになったりしてドローイングを行うが,これら全ては彼のアスリート的視点に立った行為である。つまり,限定された空間と動きが制限された身体で行うアートワークは,彼にとっては困難を超えるための“トレーニング”であり,それは例えばマラソンの高地トレーニングや,水流抵抗をつけたプールでトレーニングする競泳選手と同じである。これらの発想は,けしてアートワークの視点から記号的に立ち上がったものではなく,学生時代は実際にアメフトのプレイヤーであったマシュー・バーニーが,“アスリート”としてスポーツのフィールドに立ってアプローチしたものである。そこで目指しているのは,様々な負荷で拘束された身体がやがて抵抗を解き放ち,そこで一気に爆発するカタルシスの類なのであろうか。もしそうならば,これは一流のアスリートが必ず経験していく通過点の一つであり,それは即ち,例えば阪神タイガースの金本や水泳の北島やフィギュアスケートの浅田真央が求めるような究極の身体の獲得へと必然的に繋がっていくだろう。この時期,奇しくも五輪開催中にこのようなドキュメントフィルムを見れたことは実に興味深い。
 ただそこで問題となってくるのは,拘束から解放されて究極に達した後の身体がどうなるかということである。マシュー・バーニー自身は,それを「身体の崩壊」という言葉で表現している。例えば,サイドスローの速球派のピッチャーが渾身の投球をする時に,その遠心力と抵抗で,腕の血管が切れてしまうことがあるのを彼は知っているだろうか。「日新丸」の中で制作した樹脂彫刻が,金型を外したとたんに自重で崩れていく様子は,まさに彼が言っている「崩壊」という言葉をそのまま描いているように思えた。
 またこの作品の中には,わが国の捕鯨文化に対するマシュー・バーニーの理解や考察も非常に詳細に描かれている。とても意外であったのは,彼が欧米文化圏にありながら,わが国の捕鯨文化を感傷的に捉えることなく,古来からの民俗文化として淡々と受け入れている部分である。『マシュー・バーニー:拘束ナシ』の中では,その捕鯨文化の中で伝承されてきた民俗芸能をベースにしたいろいろなパフォーマンスが見られるが,そこで登場する鯨は動物としての鯨ではなく,あくまでも資源としての鯨なのである。彼は,わが国の資源エネルギー産業に化石資源が台頭してくるまでは,鯨が油などの資源を支えるための重要な役割をしていたことにも言及している。そして彼はしばしばこのドキュメントフィルムの中で自分のことを“客人”と呼び,そして“客人”として船に上がるために,自分も鯨になるというのである。おそらくは鯨のいろいろな部位でできた装身具を身にまとったマシュー・バーニーの姿は生贄のようでもある。確かに,わが国のマタギなどの狩猟民俗文化では,しばしば人間に殺される動物に扮して魂を清めるという行為が伝承されているが,彼がそこまで知っているか否かはさだかではない。
 そしてエンディング近くで,やや混濁したリンパ液が満たされたような有機的なタンクの中で,生贄のように差し出された模造の下半身が切り裂かれるカットが挿入される。そのタンクの中ではCG処理で映像化された少量の血液が凝固しながら浮遊している。人間の身体ももはや単なる油脂と蛋白質の塊でしかないようなことを思わせる効果的なカットである。それはフィルムの中に過去のアーカイブとして焼き付けた船上での実際の鯨の解体シーンや,船上に放置された樹脂彫刻が崩壊していくシーンとも同質の質感であり,これらがみごとに符号してくる。特に鯨の解体シーンの,表面の黒い皮膚を切開すると同時に乳白色のぶ厚い皮下脂肪が露出して,その下の内臓組織が熱気を立てて放出される様子は,マシュー・バーニー的な見方をすれば,それは,皮膚,脂肪組織,筋肉組織の圧力で今まで所定の空間に配置されていた内臓が,切開による体内圧の解放によって一気に外に流れだし,崩壊していくということである。つまりこのカットでようやく,マシュー・バーニーが頭の中で描いた複雑な構造のデッサンの一端──ようするに,マシュー・バーニーが「拘束のドローイング」でコンセプトとしてきた「拘束の解放」という一貫したテーマと,彼がわざわざ「日新丸」へ乗り込んで試みた鯨の身体を物語の中心に据えた船上でのパフォーマンスとの繋がりが見えてくるのである。それは彼の作品の中ではいつにもまして難解な構造であり,この作品に参加した「日新丸」の船員らにも,彼がやりたかったことの意図や意味を理解した人はいないかもしれない。しかし少なくても,完成されたフィルムを見た人たちの中から,“偏見に根差した日本文化の描き方ではなくて,日本文化はそれとしていったん受け入れ,自分なりの理解のうえ,それを表現しているのではないか”という声も聞かれたことも事実である。そういう意味でも,本作品が横浜トリエンナーレという場で多くの日本人の目に留まる機会を得たことは,彼にとっても良いことであろう。

今秋,渋谷ライズXにてロードショー
横浜トリエンナーレにも出品予定

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14. August 08

【コラム】点滴はやはりネオ・ゴジックホラー的アイテムなのだろうか?~『ハチワンダイバー』における“永久機械”としての清十郎と点滴装置~

 最近までフジテレビ系列の深夜枠で放送していた『ハチワンダイバー』は,演出もカット割りもカメラワークも,どれをとっても実に劇画的で,なかなか面白かった。このような表現を見ていると,実写とアニメの境界線は,ますます曖昧になってきたことがわかる。
 『ハチワンダイバー』は,タイトルだけを見ただけでは一体何のドラマか分らないが,これが将棋のドラマなのである。私は毎年名人戦だけは新宿西口広場や千駄ヶ谷の将棋会館まで,わざわざ大盤解説会に行くほどの将棋好きなので,知人のテレビ関係者から“今度深夜枠で将棋のドラマをやるらしいよ”と聞いて以来,ずっと放送を楽しみにしていた。将棋のドラマと聞いていたので,私はてっきり,以前に放送された故・村山九段のような実在の人物の伝記モノか,女流棋士を主人公にした物語,あるいはまったくの創作で,とんでもない技が繰り出される少年ジャンプ的対戦モノなのかとも想像したが,まさかこのようなドラマが来るとは予想していなかった。
 『ハチワンダイバー』の“ハチワン”とは,「81」のことで,将棋の駒を並べる枡の数,すなわち9×九=81を表している。そして“ダイバー”と唱っているのは,棋士がその局面に対峙した時,その局面の裏側,あるいは深層など,つまりあらゆる棋士たちがいろいろな比喩で述べてきた局面の次なる展開を模索するための心理的領域を,あたかも深層心理や,あるいは仏教思想で言うところの阿頼耶識という空間(海)へ潜る(ダイブする)という行為で表した言葉なのだろう。
 この“局面の深層に潜る”,という感覚が非常に興味深い。まるで攻殻機動隊のようである。実際に,100手まで先を読んでいるのではないかといわれる羽生さんの頭の中では,一体何がどのように展開されているのかをもし映像化できるなら,私も見てみたい。もしや電脳世界で将棋の駒を運ぶタチコマでもいるのではあるまいな。
 この『ハチワンダイバー』の中で奨励会を追われた真剣師たちで作る闇の組織「鬼将会」の総帥を怪演していたのが,劇団「第七病棟」の石橋蓮司である。加藤一二三九段のようにかがんた姿勢で車イスにこしかけて黒装束を身にまとい,眼光だけは異様に鋭いその風貌は,まさに悪魔に魂を売った人間の姿である。そしてこの男の背後には,異様な色をした輸液剤が充填された点滴の装置が架設され,それが時おり磔刑図のようにも見える。この男, 桐嶋清十郎の必殺技はあの羽生さんをも凌ぐ「千里眼」で,なんと1000手先まで局面を読めるのだ。このあたりが非常に劇画的で,その必殺技を繰り出す時に背後に架設された点滴の滴下液量を調節するクランプが全開にされ,その得体の知れない輸液剤が清十郎の体内に急速投与されていく。
 この光景を見ていて,点滴の器具や装置は,それが架設される空間や演出によって,実に邪悪で魅惑的なオブジェになり得ることをあらためて思いだした。その理由の一つは,本来は脱水改善,体液平衡補正の目的で開発された点滴(輸液)という技術が,今日ではカロリーコントロールにまで用途範囲が広がり,通常の静脈注射とは明らかに異なる大容量の薬剤投与というインパクトに,いつしか点滴=エネルギーチャージというようなイメージが一人歩きをして,それが一般的に定着していったからである。そのエネルギーチャージという要素の中には当然のことながらドーピングの要素も含まれる。またIVH(高カロリー輸液)のように,口から食物を摂取するのではなく静脈のみからエネルギーを摂取して生命を維持するという,近代ではなかった新たな身体性の様態が形成されたことも影響しているだろう。つまり,清十郎の身体は,点滴の容器の中に充填された万能の血液機械の循環によって,瀕死の病人どころか,悪魔に魂を売った不老不死の永久機械的身体にさえ見えてくるのである。このことが,例えば欧米の古典的名作フランケンシュタインなどをも想起させ,そこに携えられた様々な理化機器や医用機器などが,非常に邪悪で猟奇的な空間を作り出しているのである。

 点滴に使用する輸液剤のことを“血液機械”と書いたが,医療現場で医療的目的で使用される点滴の輸液剤は,実際にも機械のように極めて精密なものである。まず点滴の歴史を振り返ると,スコットランドの医師トーマス・ラッタがコレラ患者の静脈に直接電解質を投与して,その効果が医学史上初めて認められた後,シドニー・リンガーによって汎用生理的電解質液(リンゲル液)が発明されてから,点滴(輸液)の歴史は本格的にスタートした。その後ハルトマン,バトラー,ダロウ,ギャンブルといったアメリカの小児科医たちによって近代的な輸液の理論が確立されていくことになる。
 点滴(輸液)の歴史に登場する人物たちに小児科医が多いのは,自家中毒や軽度の発熱や嘔吐・下痢によっても容易に脱水症状を起こしてしまう乳幼児の治療現場で,これを速やかに改善するための医療技術が求められていたからである。因みにわが国で戦後になって近代的輸液理論を確立したのは当時東大小児科医局にいた高津忠夫である。高津は一時信州大学でも研究を重ね,この時に創製した「信大液」が,後の国産輸液剤の基礎となる「東大小児科1号液」(ソリタT-1号液)の前身である。そして高津ももちろん小児科医であった。
 これをみてもわかるとおり,まず点滴(輸液)の最初の目的が体液平衡,脱水改善であったことがわかる。その後,1970年代にアメリカのダドリックらにより高濃度の糖分やビタミン,脂肪などを含む輸液剤が臨床試験を経て開発され,今日のように術後のカロリーコントロールにも適用されるようになった。つまり,しばしば比喩雑じりで使われる“点滴=エネルギーチャージ”という概念の適用は,意外と新しいのである。またその概念が加わることによって,ヒト血漿の環境を人工的にトレースして生まれたリンゲル液よりもさらに,“代用血液”という概念が一般に広がったとも考えられる。

 では次に,なぜ怪奇小説や物語の中で,点滴(輸液)の器具や行為が猟奇的なるものとして脚色されていったのかを考えてみる。そうすると,まずそれは宗教的背景が原因のひとつであることに行きつく。
 例えばガリレオの例をみてもわかるとおり,キリスト教社会では宗教と科学はしばしば多くの対立を生んでいる。医師がその生贄になったことも珍しくない。そういった背景の中で,人間の体内に異物を入れることも,保守的な宗派によっては神への冒涜としても捉えられ,あまり好まれなかったのである。特にそれが液体であれば,それは即ち血液を連想させてしまうのである。だからかつてトーマス・ラッタが重症コレラ患者に対して行った静脈内への電解質持続注入の試みの後,ほぼ100年近くも静脈注射の歴史が滞っていたのも全く無関係とはいえない。当時の保守的なキリスト教社会では,同時に輸血も含めてタブーに抵触するおそれがあったのである。それゆえに,物語の中ではそれを歴史的背景にした対立項として,悪魔的,猟奇的装置として機能するのだ。
 かなり古い映画になるが,『レガシー』(1979年,イギリス・アメリカ合作)という怪奇映画も,それを非常によく描いていた。『レガシー』は,悪魔に魂を売った富豪の男が,自分の後継者を選ぶために,世界各地から名家出身の者たちを屋敷に呼び寄せ,そこで猟奇的な事件が連続して起こるというストーリーである。物語の設定も伝統的なキリスト教社会が残るロンドン郊外であり,物語の中核となる古い屋敷もフランケンシュタイン博士が棲んでいるようなゴシック様式の調度品が設えてある。ここの建物の中に実は隠し部屋があって,その隠し部屋とは,欧州のうす暗い森のようなゴシック様式とは相反する近代的医療設備が施された白亜の空間なのである。そこで悪魔との取り引きで不老不死の生命を得た男が横たわっており,その男の身体には点滴をはじめとする生命維持装置が装着されている。しかもその点滴の色が,清十郎の身体に装着されたそれと同様に,実際の医療現場ではあり得ないような異様な色をしており,この状況の得体の知れなさを強調しているのである。この状況の“肝”とは,不老不死という霊的な状況と近代医療が頂点で結びついているところにある。これは神学の立場からも医学の立場からも,同時にタブーに抵触しているわけだ。いわば「悪魔の方程式」を見てしまった瞬間である。
 『ハチワンダイバー』の清十郎の身体もまた,欧州の黒い森のようにどこまでも暗黒な精神世界と,それの支持体である“血液機械”としての点滴装置がドーピングという行為によってリンクしているところに,魅惑的な猟奇性を孕んでいるのである。清十郎の身体は,この「悪魔の方程式」のサークルの中にいる以上は不老不死の永久機械である。しかし,ひとたび人間としての「正気」や「情」を取り戻した時に,その結界が破られ,その身体も精神も滅びていくという運命にあるのだ。

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11. August 08

【アート】京橋・藍画廊,今年の12月に20年の京橋時代に幕を下ろす。~来年からは銀座で再スタートの予定~

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井上リサ 「Doctor's Hand 1994」 インスタレーション
血液製剤,ヘパリン,注射器,無菌グローブ,アクリルボックス
1994年 藍画廊



 中央区京橋で,20年間現代アートのギャラリーとして親しまれてきた藍画廊が,今年いっぱいでいったん幕を閉じることになった。
 藍画廊が1980年代後半に京橋に開廊してからの20年という歳月は,現代アートの世界では実に目まぐるしく時代が過ぎて行った時期と重なる。80年代までは,東京の主要な現代アートの画廊は銀座界隈に集まり,美術記者や評論家も,京橋から新橋あたりまでを歩きながら画廊周りをする光景をよく見かけた。あの時代に何か新しいものを見たければ,銀座にいけば見られる時代でもあった。
 かつて銀座界隈にひしめくようにあった現代アートの画廊の多くは,いわゆる「貸し画廊」と称されるものであった。これは欧米のコマーシャルギャラリーと比べても特異な状況ではある。「貸し画廊」とは,1週間,あるいは2週間ほど美術作家がそのスペースをお金を出して貸し切り,そこで自分の作品の展示を行うというものである。このシステムは既存の「貸しスペース」と変わらないではないかと言われれば,そのとおりなのだが,それでも「貸し画廊」は,新人作家たちの発表の機会を得るためのアンデパンダン的役割を果たしてきたのは事実である。映画に例えれば,優れた新人監督に上映の機会を与えているミニシアターのようなものだ。
 時代は移り変わって,わが国の現代アート業界にメディアやコマーシャリズムが入ってきた時に,画廊本来の方向性を失って,閉廊,移転をしていった画廊も数多い。そして現代アートの大きなトレンドが青山,表参道,六本木といった新規参入エリアにシフトしていってからは,銀座はかつてのような画廊街ではなくなっていった。そのような背景の中でも銀座に残ったいくつかの画廊は,画廊独自で外部に向けた様々な企画展を開催するなど,その存在意義について模索を繰り返してきた。藍画廊もそのような画廊の一つである。銀座と隣接する京橋で20年間活動を続けてきたということは,わが国の現代アートにおける末端やエッジの部分を現場で見続けてきたことを意味している。藍画廊のほぼ正方形の白いニュートラルな空間は,あらゆる作家の作品とシビアに対峙してきた空間である。藍画廊自体は移転・存続するにしても,このような空間がなくなってしまうのは少々寂しい気持ちにもなる。
 この藍画廊では,まだ少し先の話だが,藍画廊閉廊に因んで,12月の15日から『京橋3-3-8』という最後の企画展が開催される予定である。この“3-3-8”とは藍画廊の現住所であり,この企画展に出品される作品も30×30×8cm以下の作品というルールも定められている。出品作家も,今まで何らかの展覧会で藍画廊と関わりのある美術作家たちの作品が出品される。そしてこの展覧会をもって京橋時代の藍画廊はいったん幕を閉じ,来年は元「ギャラリー21+葉」(中央区銀座1-5-2)があった空間に移転し,新たにスタートを切ることになる。現在の藍画廊と「ギャラリー21+葉」の空間はまったく異なる空間である。そこでどのように,新たな空間が立ち上がっていくのかを見守りたい。

【京橋3-3-8】展
2008年12月15日(月)~24日(水)
藍画廊
〒104-0031 東京都中央区京橋3-3-8 新京橋ビル1F
Webページ http://homepage.mac.com/mfukuda2/ 

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10. August 08

【コラム】恐怖映画は高い知性と想像力で生成される

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 画家ギーガーがデザインを手掛けた映画『エイリアン』第1作が公開された時,ギーガーが描いたそのグロテスクなフォルムや,見てて飽きない細部にわたる複雑なデッサンもインパクトを与えたようで,映画自体も『ターミネーター』,『バットマン』,『プレデター』などと並び,外国産のSF作品として不動のジャンルを確立していったように思う。
 映画『エイリアン』シリーズが人々に圧倒的にインパクトを与えたのは,ストーリーや登場人物,そしてエイリアンの謎だらけのフォルムもさることながら,そのエイリアン自体のライフサイクルの描き方である。この映画は,見方を変えれば,自然界におけるエイリアンの生活誌をヒト目線で描いたものといえる。そしてその自然界=すなわち宇宙の生態系の中に我々人間も組み込まれて,“エサ”となってしまうことである。
 我々人間がエイリアンのエサとなる場合,例えば地球上のジャングルで猛獣に喰われるのとはわけが違う。そこに「寄生」という要素が加わることによって,生理的にも嫌悪感や恐怖感が増すのである。「寄生」という食物連鎖のシステムは,もちろん実際の地球上にも存在していて人間も対象になることも多分にあるので,このシステム自体は珍しくもなんともない。実際に,人間がなんらかの寄生虫に寄生された時には,それがまず内臓疾患として分類され,第一に内科的治療が施され,症例によっては外科的治療が選択される場合もある。それに比べてエイリアンに寄生された場合はどうか。まず身体各部に及ぼす影響があまりにも甚大である。しかもそれは成長過程の骨や筋肉に好発する悪性の肉腫のように人間の骨格を無視して体内で成長を続ける。つまりエイリアンに寄生された段階で,根治がほぼ不可能な外科的,または形成外科的疾患であるということである。このことがこの映画の恐怖をかきたてる見事な演出になっている。
 エイリアンの寄生が,地球上の実際の様々な寄生虫疾患と異なるところは,自分やあるいは他の人間が寄生される瞬間も目の当たりにしてしまうことである。2作目の『エイリアン2』で,海兵隊がエイリアンの巣に遭難者を救出しにいくところで,すでに自分はエイリアンに寄生されていることを知っている女性が,助けに来た海兵隊に“自分を殺してくれ”と懇願するシーンがあるが,あのシーンは見ていて本当に絶望感が漂うシーンであった。
 しかしこんな思いをするのはエイリアンに寄生されて,もうすぐその寄生体に肺と肋骨を食い破られて苦しみながら死んでいくのを待つばかりの人間だけかというと,そうでもない。エイリアンの話題でしばしばい引き合いに出されるカマキリに寄生をするハリガネムシや,あるいはモンシロチョウの幼虫に好んで寄生をするコマユバチの幼虫やヒグラシに好んで寄生するセミヤドリガの幼虫も,同じような状況を作り出している。ハリガネムシはカマキリの体内で成虫になるとカマキリの腹腔を突き破り,飛び出してくる。たいていの場合は肛門付近から出てくるので,カマキリにはそんなにダメージはないのではないかと思いがちだが,激しくうねりながら出てくれば,当然周囲の臓器にも甚大な影響がでるだろう。特に昆虫類にとっては腎臓の役目をはたしている重要な臓器の一つであるマルピーギ管を傷めてしまっては,いずれ死んでしまうだろう。コマユバチに寄生されたアオムシは,体内に産み付けられた卵から幼虫がかえり,肉を中から食べられるのだからたまったものではない。だが人間よりまだましだと思うことがひとつだけある。彼らは自分に身の危険が及んだ時,本能でそれが自分の生命を脅かすであろうものとして回避を試みるが,人間ほどの高等で複雑な知性がないおかげで,この先自分がどうなるかといったことを想像して気が狂いそうになることもないだろう,ということである。
 エイリアンで描いている恐怖とは,まさに我々人間が,人間スケールのハリガネムシやコマユバチに寄生されてしまった状況で,その救いようのなさからおこってくる絶望感である。しかもコマユバチやセミヤドリガに寄生される場合は,寄生される瞬間も自分で見ているのである。そしてそれがやがてどういう事態を招くかを知っているし,そのことを想像すれば,もう正気でいろというのは無理であろう。
 いわゆる“スプラッター”といわれる血しぶきが飛び散るようなかつての恐怖映画から,近年は,心理的,生理的領域にアプローチしてくる恐怖映画も増えてきたが,エイリアン・シリーズは,その双方を取り入れた秀作といってよい。我々がそんな恐怖映画を楽しめるのは,人間特有の複雑な知性と想像力があるからである。もしそういうものを持ち合わせていなければ,セミヤドリガの幼虫に寄生されたヒグラシのように,自分の体に幼虫をぶら下げたまま飛翔する時に,“重くてじゃまだな”程度にしか思わないかもしれないのである。しかし我々人間の場合に限りそうはいかない。そもそも自分の体に幼虫がたくさんぶら下がっていること自体がまず尋常でないことを認識し,それが生理的にも到底受け入れがたいことであることも同時に認識する。そしてこれにより起こり得る様々な事態を想像して恐怖とともに絶望感が襲ってくるだろう。この時多くの人は死を待たずして気が狂ってしまうに違いない。恐怖映画の面白いところは,我々を一瞬だけこういった起こり得ないような非日常的空間に誘ってくれることである。それはまさにクリエイターと受け手側の我々双方が,人間であるがゆえに複雑な知性と感情を持ち合わせているからなせる技なのである。

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08. August 08

【コラム】コウガイビルから猛虎魂を感じる~阪神が優勝する年に異常発生するあの生き物の話~

Photo_2  そろそろうちにもアレがやってくる季節である。
 “アレ”というのは,頭がシュモクザメみたいに矢印の形状で,全体的にぬめぬめっとして紐の様にひょろ長いヒルのような生き物である。
 この生き物の正体はコウガイビルといわれる扁形動物の仲間である。しばしば“KGB”という愛称で呼ばれることもある。
 私は子供の頃から図鑑などで調べてこの存在を知っていた。私と同じようにこの生き物のことを不思議に思っていた人たちもいるようで,ファンサイトまである。最近では『へんないきもの』という本の中や,民放の生き物系番組でその姿を見た人もたくさんいるだろう。
 コウガイビルと聞くと,発音だけでは思わず「郊外蛭」と漢字を当ててしまう人もいるかと思う。あるいは生き物に限定しなければ,郊外に林立するビル群だと思うかもしれない。しかし,あえて漢字で書くなら「笄蛭」である。読んで字の如く,昔の女性が頭に付けた髪飾りの「笄」(こうがい)に頭の形が似ていることから,和名ではこのように呼ばれる。しかし一点だけ正確ではない点があって,これはヒルと名がついているが「蛭」の仲間ではない。時折,新聞記事やNHKのニュースなどでも間違われるが,蛭やミミズは分類学上は環形動物に属する。口から肛門まで消化管で繋がり,筋肉組織もより発達した生き物だ。一方,蛭ではないコウガイビルは,頭に口も無ければ,尻尾の方に肛門もない。ではどこからエサを食べているのかというと,体の中央,つまり人間でいえばお腹のところに穴があり,そこから胃袋のような口吻状のものを出して,獲物を消化しながら体内に取り込むのである。
 コウガイビルは,わが国では2種類いて,一つは在来種で,全身真っ黒のクロイロコウガイビル。そしてもう一種類のは,外来種といわれるオオミスジコウガイビルといって,黄色のボディに黒い縦じま模様が3本入ったものである。こちらのほうは黒いのに比べると大型種で,長いものでは1メートルになるものもいる。姿があまりにもグロテスクなので人間には嫌われるが,蛭と違ってヒトの血を吸ったり噛んだりしないし,むしろナメクジなどの害虫を食べてくれるから,ガーデニングを楽しんでいるような人たちにとっては益虫である。しかも,黄色の方は,黒い縦じま模様まであり,猛虎党の私はなぜか親近感さえ湧く。同じ猛虎党の友人たちに写メールを送ったところ,気持ち悪がるどころか,さっそく“金本,新井,藤川最高や! コウガイビルも最高や!”,“JFKも最高や! KGB(コウガイビルの愛称)も最高や!”と返信が来た。
 うちでは6月,7月頃の湿気が多くなった季節の夕方に,庭の植木鉢の下や,日陰の置き石の蔭,ブロック塀のところで黒いのを見かけるようになる。しかし過去に何度か黄色の方をたくさん見かけた年があった。それは2003年と2005年である。つまり阪神が優勝する年には,必ず黄色い方がたくさん現れるのである。時期もちょうど「M」マジックが点灯する7月,8月頃である。
 そろそろうちの庭に現れる季節なので,今年はたぶん黄色に縦じまのコウガイビル君たちがたくさん見れるだろう。
(画像はwikipediaより転載)

※コウガイビルをもっと詳しく見たい方は
 グーグル画像検索→コウガイビル 
 

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06. August 08

【コラム】 「水曜スペシャル川口浩探検隊シリーズにおける映像民俗学的考察」

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 1970年代にテレビ朝日系列の水曜スペシャル枠で放送していた探検隊シリーズが,最近DVDでリリースされている。これは『川口浩探検隊』といわれるもので,毎回南米,東南アジアのいわゆる未開とされる土地へ赴き,そこに生息されるとされる伝説上の生物や未知の部族についてフィールドワークするというものである。フィールドワークなどというと非常に学問的に聞こえるが,この番組はお笑いミュージシャンの嘉門達夫もネタにしているとおり,世間ではいわゆる“やらせ”番組の先駆けとして見られていた側面も大いにある。例えば,川口隊長以下探検隊が,番組が言うところの“人跡未踏”のジャングル地帯に入っていく時,必ず同行の撮影スタッフがアクシデントに巻き込まれる。この時たいていは,「あー!」とか「うぁぁぁぁー!」という絶叫が後ろの方から起こり,川口隊長が振り向くと,崖を滑り落ちたり,丸太の下敷きになったりしているスタッフがいたりする。かと思えば,川口隊長が突然足を止めて「危ない! 動くな!」と叫ぶ。一体何事かと思うと,今度は探検隊のメンバーの服にサソリや毒グモが着いていて,川口隊長がすかさずそれを退治するのである。こういった情景を見ていると,この番組をオンタイムで見ていた子供時代の私でも,“わざと転んだにきまっている”,“サソリや毒グモもスタッフが用意したものにきまっている”と思って見ていたものである。
 圧巻なのは,前出の嘉門達夫も歌にしている“上から降ってくる蛇”である。探検隊が洞窟や穴に潜入すると,どういうわけか蛇が頭上からたくさん落ちてくるのである。絶対にスタッフが上から落としているだろうという場面だ。もし今の時代にこのような番組でこんな演出めいたことをやったならば,他にハードなドキュメンタリー番組やまじめな歴史・民俗検証番組があるだけに,袋叩きにあっていただろう。しかし70年代のテレビ業界はもとより,番組視聴者たちも今よりもおおらかであったようだ。番組に対する苦情は毎回あるものの,番組自体は絶大な人気を誇っていたようで,次から次へと新しい探検ネタを繰り出してくる。われわれ視聴者も,それを承知で番組に突っ込みを入れながらも楽しんでいたように思う。
 探検隊シリーズでもう一つ欠かせないのは,未開の集落の部族たちとのニアミスである。番組上では“人跡未踏”の地であるから,これは歴史的にも大発見であり,本来ならばネイチャー誌にでも論文として投稿されてもいいぐらいのスクープである。戦前の多くの人類学的フィールドワークとは異なり,それを映像として記録しているのでなおさらである。しかし当たり前だがそのような事はなされたことはもちろん一度もない。
 探検隊シリーズでのお楽しみはこれだけではない。メインはやはり,毎回番組のタイトルでも登場する“謎の生物”たちである。「巨大怪蛇ゴーグ」,「魔獣バラナーゴ」,「怪鳥ギャロン」,「古代恐竜魚ガーギラス」と,皆それぞれこの世のものとは思えない凄い名前が付いている。しかし残念ながら,その姿を番組でお目にかかったことは遂に一度もなかった。集落の長老から話を聞いたり,足跡のようなものを見つけたり,あるいは鳴き声だけの録画に成功したりと断片的であり,一向にその本体を表わさない。番組の最後ではなんとなくそうなるのは分かっているのだが,いつも騙されて最後まで見てしまう。このような番組を,昔は一応一介のドキュメンタリーのようなものとして放送していたのだから,なんともおおらかな時代である。
 しかし一度だけ,川口隊長が本当にピラニアに指を食いちぎられたことがある。この時にはさすがにテレビの前で凍りついた人もいたであろう。探検隊シリーズという,いわば擬似ドキュメンタリーの中で,想定外のことが起こったからである。そしてそれを本当の事として番組で流したのである。私はこの時から少し,探検隊シリーズに対する見方が変わった。どのように変わったかというと,単に“やらせ番組”として見るのではなく,もっと異なった見方を見つけたのである。それは何かというと,これは“やらせ”に見せかけたメタ・フィクションであり,その余白やノイズの中に,実は“何か”があるということを凝視するということである。その“何か”というのは,けして外には出せないもののことである。つまり一つ例にあげれば,それは民俗的禁忌の類である。フィールドワークで一番恐ろしいのは,別にサソリでも毒蛇でもなく,実は民俗的禁忌に触れることである。昔の洋画で白人の探検家たちが未開の部族,所謂“人食い人種”に捕まり食べられてしまう,などという現代ではまさに滑稽な都市伝説のような話がしばしば登場したが,これはまさに未開の地で民俗的禁忌に踏み込んでしまった状況を,非常に分かりやすく描いているのである。
 その探検隊シリーズも現在は藤岡弘が隊長を引き継ぎ,番組がいくつか放送されている。これは以前のシリーズと比べて“やらせ”風味が大分減退したが,完全なドキュメンタリーといえるかどうかは微妙なところである。しかしここで私はあるドキュメンタリー作家の作品を見たことをきっかけに,そもそも完全なドキュメンタリーなんて存在するのか,という疑問に行きつくのである。その問題提起をしたのは佐藤真監督の『阿賀の記憶』という作品である。私は5月に日本映像民俗学の会の主催するプライベートな上映会でこれを見る機会を得た。(記事参照:http://ringer.cocolog-nifty.com/kunst_und_medizin/2008/06/post_619f.html
 『阿賀の記憶』は,阿賀野川流域の集落で暮らす人々の暮らしを記録したドキュメンタリー映画である。ここの集落では,わずかながらの漁業が生業としてあるだけで,高齢者だけが寄り添って生活している,所謂“限界集落”ともいえる場所である。そこに佐藤監督以下撮影スタッフが入り,一定期間そこで生活しながら集落での日常の出来事を記録するのである。そこで問題となってくるのは,この“日常の出来事”というくだりである。
 まず,カメラを向けられた集落民は,みな驚くほど饒舌に話す。中には家族に対する愚痴まで語り出す者もいる。川で舟に乗ってアユ漁をしている漁師も,カメラを向けられるととたんに“カメラ目線”で多少の演技がかった投網さばきを見せる。これらの映像はけして監督によって演出をつけられたものではない。しかしまったくの阿賀の日常であるかというと,そうでもない。つまり,本来は平穏に時が過ぎていくはずの日常の阿賀に,カメラと撮影隊という非日常が入り込んだことで,空気が変質したのである。カメラが回っていることで,被写体になった人は,あえて“日常”を演じるようになるのである。これはもちろん佐藤が意図的にやっていることなのだ。ようするに,ドキュメンタリー映画業界で長らく問題提起されていた,“日常空間を壊さない完全なるドキュメンタリーなど存在するのか”ということを映像という手段で表現したのだ。このような形でのアンチテーゼの提示方法について,佐藤は自著の中で,多少の悪意を込めてやっていることも告白している。この手法は前作の『阿賀に生きる』でも顕著である。例えば川舟の進水式のシーンがあるが,舟が進水して阿賀野川を下っていく時に,なんと本来そこに一番最初に乗るはずの船大工よりも先に,カメラを抱えた撮影隊が乗り込んでいるのである。この状況は,今まさに秘境探検へと赴く川口浩探検隊そのものだ。私はこのシーンを見た時に,何十年かぶりに探検隊シリーズのBGMまで頭の中で流れてしまったほどだ。
 佐藤真のこのような方法論の先に見えてくるのは何かというと,カメラという異物が入ってきた空間は,もはや日常ではなく,あくまでも日常的に振る舞われた演技的空間であるということである。例えばそれは,本来は伝承のために人々の生活の中に存在していた民俗芸能が,いつしか他者に見せるための観光産業へと変質していく様子とも似ている。ヒロシマの平和公園に行くと,そこで被爆体験を語ってくれる原爆語り部たちや,近年は多くは比較的文明的な生活をしているにもかかわらず,旧来の民族衣装で観光客の前に登場してくれるマサイ族などがそれであろう。
 こういったカメラの前における演技的空間を逆手にとって,“冒険バラエティ”ともいえる新たなジャンルを開拓したのが川口浩探検隊シリーズである。この番組は前述でも触れたとおり,ドキュメンタリーにおけるあらゆる問題を孕んでいる。しかし私が目下,もっとも関心があるのは,約束事としてある演技的空間の中で粗を探す行為ではなく,むしろその余白で起こった想定外の事である。つまり具体的にいうと,何らかの理由で放送できなかった部分である。それは多分に民俗的禁忌に触れる部分も含まれているに違いない。もしそれを見ることができれば,私の探検隊シリーズに対する映像民俗学的評価も多少は異なってくる。しかし,ディレクターズカット版DVDでも出ない限りそれが出来ないのがなんとも残念である。

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05. August 08

【コラム】夜が明けるまで怪獣談義 in 池袋・新文芸坐(『深海獣レイゴー』祭り)

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 池袋の夜は長い! 8月2日の深夜に,落語家でインディーズ怪獣映画の監督としてご活躍の林家しん平監督の最新怪獣映画『深海獣レイゴー』(2008・インターメディア)の上映に併せて,池袋・新文芸坐でしん平監督と非常に関わりが深い皆さんでトークショーが行われた。私も末席からお邪魔させていただいた。トークショーでの内容は,さすがに営業的にもオフレコの内容が多くてここに具体的に記す事ができない。残念である。ただ確実に言えることは,来年も少なくても2本の新作怪獣映画が見れそうであるということである。しかもゴジラ,ガメラ以外の怪獣である。さらにしん平監督の次回作の制作も決定した。怪獣をデザインするデザイナーの方もすでに決まっているので,おそらく今月中には,このデザイナーの方からしん平監督へ,怪獣の第一案のスケッチが届くはずだ。
 私は以前のレビューで怪獣映画の伝統的様式美として,怪獣が日本各地の名所旧跡や新築された話題のスポットを象徴的に壊しまくることを例に挙げたが,しん平監督の次回作も,この伝統的様式美を確実に踏襲することとなろう。なぜならば,あんな場所を壊してしまう予定だからである。(あんな場所については,もちろんまだ内緒である)
 トークショーが終了したのは午前3時を過ぎた頃で,その後もパネラーの皆さんと控え室に入り,怪獣談義に花が咲く。さすがに皆さんお疲れの様子で,金子監督は午前4時ぐらいになったところで中座されたが,私は他のパネラーの方と一緒に居酒屋に場所を移動して,電車の始発が来るまで引き続き朝まで怪獣談義である。中でも特に盛り上がったのは皆さんが60年代,70年代に見ていたヒーロー番組の話題だ。『海底人ハヤブサ』,『七色仮面』,『スペクトルマン』,『マグマ大使』といった懐かしい名前が次々に出てくる。皆さん,ただ名前が出てくるだけではなく,印象的だったシーンのカメラワークまで覚えていて,どんどんヒートアップしていくからすごい。その中で非常に興味深かったのが,皆さんそれぞれ子供の頃のトラウマ・エピソードを持っているということだ。
 因みに,私が特撮ヒーロー番組で今だに一番のトラウマとなっているのは,『マグマ大使』の「青血病」と「オレンジ人食いカビ」である。「青血病」とは侵略者ゴアが地球に上陸させた怪獣ガレオンの吐く放射線の様な青い光線を浴びると,血液の赤血球が青く変色し,呼吸困難と硬直を起こして死に至るという難治性の血液疾患である。
 一方,「オレンジ人食いカビ」は,金星からやってきた宇宙怪獣キンドラの吐く宇宙カビが人間を襲うエピソードである。こちらの方は,同時期に地球に帰化した“緑の花”と言われるおそらく真菌類が天敵となり,最後はオレンジカビを退治してくれる。
 この状況をみると,オレンジカビは麹菌などの一種で,“緑の花”はペニシリンだなと,今では細菌学者フレミングの論文などを思い出しながら冷静なことを言っていられるが,子供時代に見た時は,それは恐ろしかった。しん平監督曰く,“子供の時に見て怖かったものでも,今見ると結構チャチかったりするので全然平気”ということだが,「青血病」に関しては,かの雨宮監督も,今見てもちょっとイヤかもとおっしゃっていた。特に,ガレオンの光線を浴びて全身に青い斑点が浮き出てくるシーンがやばいらしい。
 そんな雨宮監督が苦手だったのは,むしろ「人間モドキ」だそうだ。しかも,「人間モドキの歌」という歌もあったそうで,雨宮監督は苦手だったと言いながら歌詞まで覚えておられてこちらの方にも驚いてしまった。そして,その「人間モドキ」を体から吐き出すダコーダという不気味な形状をしたシュールな怪獣の話題に及んだ時,“ちょっとそこの皆さん,アキバのオタクですか”としん平監督から突っ込みが入った。これはもうホメ言葉である。雨宮監督にしてもしん平監督にしても,子供の頃から怪獣やヒーローが大好きだった世代が大人になって,今度は自分たちが怪獣を作るクリエイターになっていくというのは,わが国固有の怪獣文化が確実に継承されている証拠である。今度は我々の子供や孫の世代から,いったいどんなクリエイターが産まれてくるのか考えるだけでわくわくしてくるではないか。まさに怪獣立国ニッポンである。
 それから,俳優の螢雪次朗さんからもいろいろと役柄に対するこだわりについての面白いお話が伺えた。螢雪次朗さんは金子監督の平成ガメラ3部作や今回のレイゴーにも,ともに大迫という役名でご出演されている。この大迫という人物は行く先々で怪獣と出会ってしまうという,生まれ持ったある種の“業”のようなものを背負った人物で非常に魅力的である。それゆえに今回のようにいろいろな作品を股にかけてスピンオフしているところがなお一層のキャラ立ちを作っているように思える。
 同一のキャラクターが異なる作品にまたがって登場するというパターンは,過去にも手塚治虫,松本零士,石ノ森章太郎などがやっていたが,いずれも同じ作者の中でのことである。大迫というキャラが面白いのは,それぞれ異なる作者が大迫のキャラを大切にしながら作品に登場させていることである。この点について螢雪次朗さんは,自分としてはそれぞれの作品で独立したキャラと思って演じていたが,最近では大迫自身が役を一人歩きしていることを嬉しく思っていらっしゃるそうだ。だからなのか,螢雪次朗さんは,他の役にもまして,大迫のキャラをすごく大切に演じて下さっているようにも見える。大迫が今まで登場した作品をたどっていくと,それが即ち螢雪次朗さん自身の評伝のようなものになるのではないか。
 とにかくこんなクリエイターや役者はさがしてもそうそういるものではない。かつて日活ロマンポルノが優れた映画人を育てていったように,怪獣文化もまた,すぐれたクリエイターや役者たちを世に送り出している,ということを感じる1日であった。

【「深海獣レイゴー」レビュー】再掲2本
http://ringer.cocolog-nifty.com/kunst_und_medizin/2008/06/2008_9e74.html
http://ringer.cocolog-nifty.com/kunst_und_medizin/2008/03/post_0386.html


【トークショーに参加された皆さんの公式サイト一覧】

林家しん平監督公式サイト
http://shinpei.net/

螢雪次朗さん公式サイト
http://www.tribeca99.com/artists/hotaru.shtml

雨宮慶太監督公式サイト
http://www.crowdinc.com/

金子修介監督公式サイト
http://www.shusuke-kaneko.com/
金子修介監督公式ブログ
http://blog.livedoor.jp/kaneko_power009/
 

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