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02. Juni 08

【論文紹介】松嶋 健「フランコ・バザーリアと「文化」──イタリアにおける脱制度化と民族精神医学──」

松嶋 健「フランコ・バザーリアと「文化」──イタリアにおける脱制度化と民族精神医学──」
(『こころと文化』第7巻第1号,2008,2)

 著者の松嶋は,これまでイタリア各地において,医療人類学的アプローチによる地域精神医学のフィールドワークを行ってきた文化人類学者である。今回の論文は,「バザーリア法」の名で知られるイタリアの精神科医フランコ・バザーリアの評伝を読み解きながら,彼の足跡をたどり,精神医療のグローバル化によって起こった様々な功罪を詳細に報告している。
 まず「バザーリア法」についてふれると,これは1978年にイタリアで制定された公衆衛生に基づく法律で,すなわちイタリア全土に存在する精神病院を閉鎖して,そのかわり,精神病者は地域にもどり,コミュニティの中で自律的なケアを受けて共生させていく,というものである。これは精神医学の歴史の中でも画期的な出来事ではある。しかしながら,そのことをもってこれが直ちに「反精神医療」,「反精神病棟」運動といった短絡的な政治的思想闘争と結びつけてしまえるほど,精神医療をとりまく情況は単純ではないことを松嶋も論文中で述べている。
 そのことの一つとして,まず地政学的にイタリアという国家をとらえた場合,その「国民国家」としての近代イタリアが生まれる過程において,実に複雑な民族問題を内包し,それにより地域における文化的差異が厳然として存在していることがあげられる。松嶋は自身のフィールドワークの中でこのことに特に注目し,「バザーリア法」制定以降,イタリアの精神医学において何が起こったのかに注目した。制度の中で,あるインパクトが絶大な改革が起こった場合,その改革の中心あるいは周辺にいるものは改革の主流となっていくのは言うまでもないことであるが,その「場」から少しでも離れたところに存在しているものは,切り離されるか,もしくは従属的に改革による新たな制度に編成されていくわけである。こういった状況下の中で何が起こるかといえば,従来,独自に存在していたはずの「文化的差異」が認められる機会はなくなり,それらはグローバリズムの中に埋没していくのである。
 これは,松嶋がフィールドとしている文化人類学において,旧来の,例えば「狂人」や第三世界の「未開人」を他者化していく見方にもしばしば現れることであるが,松嶋はその点を,患者サイドが苦しんでいる時に外部へとアプローチする方法論の中で,精神病患者が,必ずしも精神科医の助けだけを借りているのではなく,時には友人に話したり,酒を飲んだり,民間療法を試みたりと,精神の開放には多様なイレギュラーが存在していることを上げて,生物医学が民間療法や各地域で伝わる伝承医療などに対して投げかける優越的な眼差しにも疑問を提起している。
 公衆衛生制度のグローバル化の過程で,長らく医療人類学的なフィールドでやってきた松嶋が,このような疑問をなげかけるのは当然なことである。例えば,かつて欧米の文化人類学者が未開の地へ赴き,そこで遭遇した伝承医療などを生物医学的見地から「迷信」や奇異な「呪術」と規定し,そこの場の民俗の中でいかにそれが活き活きと根付いていたかをまったく見てこなかったのが旧来の所謂,“文化人類学”であり,そのことによって,本来は医学というものが古代から哲学,宗教,芸術,体育などと相互補完的に関わってきたというその回路を断絶させてしまったに等しい。その反省から立脚している今日の医療人類学に何か求めるものがあるとすれば,制度の外へとはみだしたもの,患者をとりまくグローバルではないもの,「制度」では計測できない微細なものにさらに注目していく必要があるのではないか。松嶋はそれを<出会い>という言葉で結んでいる。イタリアという土地はもともと,反グローバルから始まった「スローライフ」運動の発祥の地でもあり,近年の大学改革によって合理化が進んでいるとはいえ,医療人類学という学問が,地域精神医療に果たす役割はさらに大きなものになるであろう。

【著者経歴】
松嶋 健(まつしま・たけし)
京都大学大学院 人間・環境学研究科

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