« 【プロ野球】JFKはプロ野球におけるポストモダン | Start | 【新刊本】多賀茂・三脇康生編『医療環境を変える「制度を使った精神療法」の実践と思想』(京都大学学術出版会) »

29. Juni 08

【トークショーのお知らせ】竹藤佳世監督×井上リサ(7月17日(木)池袋・シネマ・ロサ)

7月5日より公開される映画『半身反義』(公式サイトhttp://www.hanshinhangi.com/)の竹藤佳世監督と,映画の公開に合わせたトークショーを下記の通り開催します。皆様ふるってご来場下さい。

「竹藤佳世×井上リサ」トークショー
日時●7月17日(木)
    21:00~ 映画『半身反義』上映
    22:30~ トークショー
場所●池袋シネマ・ロサ
    http://www.cinemarosa.net/index.htm

 竹藤佳世監督は,8mmによるインディーズ作品の時代から,一貫して身体性やそれに基づく不条理な世界を,主に女性が抱える身体論の断片として描いてきた。これまでの作品の中でも『骨肉思考』(1998)や『殻家KARAYA』(2000)などがその代表的な作品である。
 今回初めて上映される作品『半身反義』は,脳疾患で半身麻痺になり,現在も療養中の演出家・山岸達児の半生を追ったドキュメンタリーである。

【作品紹介】再掲
 竹藤佳世監督の最新作『半身反義』をTCC試写室で見る。監督の作品を見るのは2002年の『彼方此方』以来だ。
 今回の作品『半身反義』は、『東京オリンピック』(1964)、『大阪万国博』(1971)などの演出を手掛けた演出家・山岸達児へのインタビューを中心に構成されたドキュメンタリー作品である。

 山岸達児は1929年に上野で生まれ、日大芸術学部を卒業した後に毎日映画社に入り、そこで数多くの展示映像の演出を手掛けてきたパイオニア的存在である。特に、展示映像や映画の世界に「企画」という概念を持ち込んだのは当時としては非常に画期的なことであり、それが当時はただちにビジネスモデルとして成り得なかったとしても、後の映画界や、また映像表現を志すものに対して多大な影響を与えていったことは間違いないであろう。その山岸は、2003年に脳梗塞で倒れ、一命は取り留めたものの半身不随となり、現在も施設で療養中である。そこで山岸と以前から個人的に親交のあった監督の竹藤は、ほぼ寝たきりになってしまった山岸の病床へと通い続け、4年かけてこのドキュメンタリーを完成させた。

 試写の前に、監督から次のような舞台挨拶があった。
 まず、この作品を撮ろうと思った経緯について、自分が今まで生きてこれたのはいろいろな人々との出会い、支えがあったからであって、創作活動を通して出会った人々にも“縁”のようなものを感じている。自分は山岸達児の世代が作ってきた戦後、昭和の日本というものの上に立って生きてきたことは否定できないことであり、自分とは縁も所縁もなさそうな山岸の世代の人々とも、“縁”やつながりのようなものを感じている。戦後の日本を作ってきた人々への感謝の気持ちも込めて、自分は何ができるだろうかと考えた時に、今回の作品の構想が生まれたそうである。

 私は監督のこのコメントに多々共感する部分があった。特に、何かの“縁”により自分の日々の営みが続いているということや、昭和という時代へのこだわりや自分との関わりである。
 監督の竹藤のこういったコメントからも現れるように、今回の作品『半身反義』は、山岸へのインタビューを中心に昭和の断片を映像で切り取りながら、山岸が見てきた昭和と、竹藤の見聞きした昭和という時代が、まるで今まで深い地層の中に埋もれていたかのように、その巨体を持ち上げてくる。
 まず冒頭では、山岸の少年時代と思われる役の人物が、場所が明らかでない海岸を彷徨っており、やがて穴の明いたポリタンク様の漂着物を見つけ、その中を覗き込むシーンから病床の山岸へのシーンへと移行していく。冒頭の海岸のシーンはラストにも登場する重要なシーンで、人が誰もいない海岸に放置されて朽ちた家電等の廃棄物、あるいは漂着物は、まさに「高度経済成長時代」という地層の中から顔を出した匿名の堆積物に他ならない。あるいは、老いて朽ちていく、今ではかつての著名なクリエイターから一個人となった山岸達児の骨格にも見える。
 私があえて、一時代を築いてきたクリエイター、山岸達児に対して「一個人」という言葉を使ったかと言えば、それは、竹藤がこの作品の中で掲げる「老い」というもう一つのテーマを受けてのことである。

 竹藤がインタビューのために通いつめた山岸の病室は、著名人らがしばしば利用する差額ベッド代がかかるような個室ではなく、一般病棟の大部屋であった。したがって、竹藤が山岸に対して回しているカメラの中にも、当然のことながら他の患者の見舞客の声、遠方で響く医療スタッフの声なども入っている。また、おそらく竹藤や周囲の関係者から話を聞かない限り、他の入院患者や見舞客、そして医療スタッフまでも、かつて日本で「東京オリンピック」や「万国博覧会」があったことは知っていても、山岸達児がどんな人物かを知らないであろう。つまり医療スタッフからみれば、山岸が過去にどんなに偉大な功績をあげようとも、その一線を離脱してしまった後、今は医療空間にいるのだから、「一患者」として均一化されてしまうのは当然である。もちろんこれは、「生・老・病・死」という宿命を等分に持って生まれてきた我々にもいつか必ず訪れることではあるのだが、山岸のようにかつて栄華を極め、市井の市民とは異なった華やかな人生を送ってきたように見える人間であればあるほど、一人になって「老い」を迎えた時の落差は、あまりにも大きい。
 竹藤もそのようなことを感じてなのか、映像の中では病床の山岸との対話と並行して、山岸に所縁のある人物を訪ね歩くフィールドワークの様子も出てくる。ここで竹藤が訪れたのは、毎日映画時代の同僚や大学関係者、『東京オリンピック』や『万国博覧会』の制作に一緒に関わった当時のスタッフなどである。そして彼らの話の断片から山岸達児像を構築していく。ここで興味深かったのは、山岸を語る人々よりも、むしろ山岸が現役時代に残した膨大な資料の数々である。その資料を竹藤自ら倉庫から出すシーンがあるが、軽く1000は超えるであろう蔵書、自著、台本、コンテ等の数々は、竹藤が「1人の人間の(もちろん山岸のことを言っている)のキャパシティーを超えている」と感嘆の声を上げたように、それは圧倒的な質量である。
 また、竹藤のフィールドワークはこれに留まらず、山岸が1964年、つまり「東京オリンピック」の年から住まいにしていた松原団地の部屋なども訪れている。かつての空間はほぼ空き部屋状態となっているが、それでも、膨大な資料や蔵書で底が抜けかけていた床や、部屋の随所に残る生活臭のあるシミなどは、その時代から生きてきた山岸の痕跡などがはっきりとうかがえる。そしてもうひとつ重要なのは、この団地に今も住んでいる壮年の夫婦が登場することである。彼らはいわば市井の市民として山岸と関わってきた人々であり、したがって、クリエイターとしての山岸のことはよく知らなくても、そのかわりに山岸の日常と等身大でつきあってきたような人々である。言いかえれば、このような名も無き人々も山岸とともに戦後の昭和を作ってきた人々ともいえる。冒頭で監督がコメントした一連のメッセージは、このようなところからも良く伝わってくるのだ。

 それにしても、山岸の一番の代表作といえる『東京オリンピック』が、人類の肉体の究極的表現の場であり、それに相応しいアスリートの姿をフィルムに焼き付けた山岸の肉体は今、「老い」と「病」で自由を失い、さらにそれは、「人類の調和と進歩」というテーマを掲げた『万国博覧会』からすでに30年以上経過した現在でも、その「老い」と「病」から救われることはない科学の限界を見せつけられる思いである。
 1981年の『ポートピア81』でマルチビジョンのブースを手掛けた山岸は、来るべき情報化社会とそれに象徴されるマルチメディアの台頭をすでに予見していた。その14年後に、その人工の埋め立て地が阪神淡路大震災で液状化現象を起こす。美しく舗装されたフィールドの下からは、まるで内臓のように、あるいは地層の堆積物のように泥や液体が染み出し、かつての未来都市が脆くも崩壊していった。
 山岸の一連の仕事を時系列で見ていくと、この未来都市の足元に露出したものは、今まで地下に封印されていた昭和の身体の一部そのものではないかと思えてくる。映像でもそれを感じさせるように、山岸のインタビューとともに、「東京オリンピック」、「マンモス団地」、「新幹線」、「万博」、「高層ビル」、「モノレール」といった昭和の象徴が次々と挿入され、その映像の彼方に、これらのものを作ってきた名も無き昭和の人々の姿が群像になって浮かんでくる。それに対し我々は、何事もなかったように「平成」を迎え、そこで“失われた10年”に行き詰まるのだが、私はむしろ、山岸達児のように戦後の昭和を作ってきた人々の姿を胸に刻みながら、“失われなかった10年”の中に、「昭和」との“縁”を求めてみたい、と思える作品であった。(井上リサ)


 

|

« 【プロ野球】JFKはプロ野球におけるポストモダン | Start | 【新刊本】多賀茂・三脇康生編『医療環境を変える「制度を使った精神療法」の実践と思想』(京都大学学術出版会) »

学会・研究会・講演会」カテゴリの記事

映画・ドキュメンタリー」カテゴリの記事

Kommentare

Kommentar schreiben



(Wird nicht angezeigt.)




TrackBack


Folgende Weblogs beziehen sich auf 【トークショーのお知らせ】竹藤佳世監督×井上リサ(7月17日(木)池袋・シネマ・ロサ):

» 感護師つぼの看護ニュースvol.136 外国人労働者に関して、ロシア... [感護師つぼの看護ニュース]
【つぼつぼの一言】----------------行動にはつねに危険や代償が伴う。しかし、それは、行動せずに楽を決めこんだ時の長期的な危険やコストと較べれば、とるに足らない。ジョン・F・ケネディ(第35代アメリカ合衆国大統領)何にでもリスクはあり、何にでもオポチュニティ...... [mehr]

verlinkt am: 30. Juni 08 12:21 Uhr

« 【プロ野球】JFKはプロ野球におけるポストモダン | Start | 【新刊本】多賀茂・三脇康生編『医療環境を変える「制度を使った精神療法」の実践と思想』(京都大学学術出版会) »