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26. April 08

【映画】市川崑監督『東京オリンピック(1964)』ディレクターズ・カット版

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 折しも、長野で北京五輪の聖火リレーが行われるこの日に、少々へそ曲がりの私はあえて、市川崑監督の『東京オリンピック(1964)』ディレクターズ・カット版をDVDで見る。
 この作品を見ようと思ったきっかけは、先日、試写で演出家・山岸達児の半生を追った竹藤佳世監督の『半身反義』(7月5日より、シネマ・ロサにて公開)を見たことがもともとの発端である。すでに先日の最新レビューでも内容にもふれたが、山岸達児は「東京五輪」(1964)や「大阪万博」(1970)、「神戸ポートピア博」(1981)などの演出を手掛けた草分け的存在で、特に博覧会や企業展などの映像展示、つまり今日的にいうと、マルチメディアや映像インスタレーションの分野で、斬新な仕事を次々に手掛けてきた人物である。
 実際に、『半身反義』の本編中にも、市川崑が撮影した『東京オリンピック(1964)』の映像が随所に挿入されている。そこで、2016年に再び五輪を迎える(かもしれない)に当たり、改めて『東京オリンピック(1964)』を見てみようと思ったわけである。

 『東京オリンピック(1964)』は、単なるスポーツ記録映画ではない。監督の市川があえて後からディレクターズ・カット版をDVDに焼き直したことも考えると、これは、「国民体育」としての象徴の昭和のスポーツ──即ち、力道山、読売巨人軍、大相撲などをポピュリズムの頂点として──の集大成と、日本の復興と来るべき産業大国・ニッポンへの夜明けを明示した映画であると言ってよい。その意味でも1964年という年は、新幹線やモノレールが開通し、また、当時日本人向けの住宅としては初めて「LDK」という概念を取り入れたマンモス団地も登場したという象徴的な年なのである。

 まずイントロで、朝焼けを背景に、やや半円の昇りかけた太陽が映り、次のカットでそのイメージは解体工事用の鉄球に引き継がれる。この鉄球を見た時に、年代によって何を想像するかは様々であろうと思う。この場面では、古い建物を破壊する様が映し出され、そこで戦後の焼け野原から復興していく日本の姿を演出していることがすぐに理解できる。そして、タイトル・カットインの後、日本へ聖火が到着して、各地を縦断していく聖火リレーパートへと向かう。
 『東京オリンピック(1964)』は、男子マラソンの円谷、女子バレーの東洋の魔女、体操ニッポンなど、競技パートでも見どころが盛りだくさんであるが、一番印象に残ったのは、実は聖火リレーなのである。
 この聖火リレーは静かなナレーションとともに、日本の名所を通過し、最後は“聖地”国立競技場の聖火台へと向かう。この中で非常に興味深かったのが、聖火ランナーが日本の名所だけではなく、古い木造の民家の路地を駆け抜けるシーンである。そこには、「式典」といった厳かな雰囲気とは対極をなす、日常の普段着の日本人の姿があった。つまり、このような市井の市民もフィルムに焼きこむことで、日本という国が、戦後、底辺からも確実に復興していく姿を表現しているのだ。
 そして、この聖火リレーでもっとも印象的だったのは、被爆地ヒロシマを背景にして駆け抜ける聖火ランナーの姿である。ヒロシマの原爆ドームに到着した聖火は、ランナーとともにドームの広場から直線通路を駆け抜けるが、この時にはドーム前の広場だけではなく沿道にも数千、あるいは数万人の群衆がいて、時折、小さな日の丸や五輪旗もはためいている。その代わりに視界を遮る政治的横断幕は一切ない。しかも聖火ランナーと沿道の群衆は至近距離であるのだが、コースを誘導する警備人員以外は、ランナーをガードするような警備は行っていない。聖火リレーを見るために集まった人々も、適度に遠慮がちな距離を保ちながら、聖火ランナーに近づくといった程度で、外国人観光客も含めて皆とても楽しそうである。聖火に集まる群衆の表情も含めて撮影されたこのような演出には、あえて政治的メッセージなど必要ないということか。
 このようなシーンを原爆ドームを背景にして俯瞰で撮影していて、群衆の中を割って入る聖火ランナーが、画面下方へと駆け抜けていくシーンが実に壮観である。手に持った聖火の燃え具合も良く、ほど良い白煙をたなびかせている。その白煙が聖火ランナーの軌跡を描いていくのも実に美しい。こんな素晴らしい映像を見てしまうと、本日長野で行われた北京五輪の聖火リレーの滑稽さがより際立つ。こちらの方はというと、沿道で起こっている流血の騒乱も画面から意図的にフレームアウトさせているばかりか、メディア総出で白々しい虚構の友好ムードを演出していて、まるで茶番劇にしか見えないのである。画面からトリミング処理でデリートされた日本人やチベット人たちも、それぞれ言いたいことはたくさんあっただろう。これは民主主義のジャーナリズムのやることではない。

 五輪が商業的スポーツイベントとなり、それによって優れたアスリートの育成のために運動生理学などが発展したのは喜ばしいことではあるが、同時に五輪ビジネスモデルの構築による企業スポンサーのグローバル的展開が、本来はアスリートと市民のためにあったはずの五輪を、どこか遠くへ持って行ってしまたようにこの頃は感じるのである。

 一方、東京五輪の聖火はやがて国立競技場へと向かう。近年ではサッカー日本代表の聖地となっているこの場所が、長い祭壇状に設けられた聖火台と並んで、あんなにも奥行きのある空間であったのかとあらためて気が付かされる。それはおそらく、東京五輪の点火式、および開会式が夜ではなく日中の開催であったこと。これによって、普段はサッカーの試合で夜の風景の方が見慣れている空間のディテイルが、日中の方がよく見えること、そして、会場に入った各国の群衆の顔やしぐさを一人一人克明にフレームに収めていることが、空間の奥行きを生んでいる。また意外にも観客席が急勾配なのも確認できた。これも山岸の演出の妙なのか、ランナーが一段一段駆け上がりながら聖火台へと向かうシーンは、ロス五輪以降、過剰で奇をてらった演出が主流となった点火式を見慣れているせいなのか、非常に臨場感あふれるものとなっている。つまり、クライマックスに向けての“タメ”が十二分にあるのである。
 そして聖火が点火されると昭和天皇の開会宣言があり、そのあと鳩が空へと放たれる。柔らかい日差しの中で会場では日の丸や五輪旗に加えて、各国の万国旗が一斉に振られている。この万国旗の中には当時もそして現在も、わが国との関係があまりよくない国々もあるのだが、この世界との一瞬の一体感が、当時の日本人たちの万感の思いを表しているようでならない。
 来るべき2016年、聖火が再びこの地へやってくることを願う。
 

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