土方巽『舞踏大解剖2』(慶応義塾大学日吉キャンパス)
去る12月21日(金)、慶応義塾大学日吉キャンパス内来往舎シンポジウム・スペースで、『土方巽 舞踏大解剖2』と題した上映会が催された。
これは、舞踏家・土方巽が“役者”として出演した代表的映画を集め、その解説を含めながら上映するというものである。上映作品は、版権の問題で一部分しか上映が許可されないものや、日本での再版がされておらず、インターナショナル・バージョンで蘇った作品も含まれた。一つ一つの上映作品については、後日個別に書くことにして、ここでは映像の中の土方巽について考えてみる。
まず、土方が出演した映画の中で、意外にも石井輝男監督の作品が多いことに驚いた。石井輝男といえば、高倉健主演の『網走番外地』シリーズで知られる東映のヒットメーカーである。つまりは興行的に“売れる”映画を作れる監督だ。その石井輝男が一方で、土方を迎えて撮った作品が『恐怖奇形人間』や『怪談昇り竜』などのいわゆるエログロ系のカルトムービーである。ここでの土方の役割は、現世から隔絶した存在の怨念や業(ごう)を秘めたアウトサイダーであり、それは映像のプロットの中で重要な骨格を作っている。
つまり石井がショウビズの中で描いたアウトサイダーがヤクザであるならば、アートワークの中で描いたアウトサイダーが異常性愛者、障害者などである。物語の中では、現在では不快語として敬遠されている「かたわ」「キチガイ」「せむし」「びっこ」「裏日本」などという懐かしい言葉が隠すことなく平気で登場し、当然のことながらこれらの言葉の織りなす世界では、「男尊女卑」「近親相姦」「獣姦」「食人」「奇形」「人さらい」などといった前近代的タブーとアンチ・ヒューマニズムが存在している。これらは人間のハラワタのような存在であり、普段はそのハラワタを覆う骨格、筋肉、表皮が辛うじてそれを外に出さないようにしているのだが、その内部に怨念のように閉じ込められたハラワタが何かの拍子に外へと放出されそうな予感が緊張感を生んでいるのである。
この「予感」とは、別の言い方をすれば怖いもの見たさとスリルであり、「裏日本」の古い因習の中で熟成された伝承のようなものが、あるもの無いものの想像力をかきたてるのである。
土方の役割は、そういった因習のパノラマで異形の姿をなして閉じ込められた身体を演じきることである。
この点と少し共通する逸話を、『恐怖奇形人間』共演者のビショップ山田氏がたいへん興味深く話してくれた。
近代以前の東北の「裏日本」の冬は、ひとたび豪雪になると文字通り陸の孤島となり、電気も通っていなかった多くの集落では、あたり一面は闇の世界になる。その闇の世界では、集落の中で点在する近隣の家とは連絡も遮断され、身心ともに極限状態の一人ひとりが暗い家の中に取り残される。その暗い家の中で人々が何をして気を紛らわすかといえば、酒と会話なのだそうだ。酒はわかるとして、会話というのは何かというと、どうやらただの会話ではなく、妄想めいた作り話を延々とするそうである。つまりここで自然発生的に「語り部」の役割を担わされたものが現れ、その他がそれに聞き入ることで、何とか「キチガイ」にならないで済んでいるということだ。
ビショップ山田氏の話によれば、出典は明らかではないが、この状況とまったく同じものを柳田国男の本で読んだことがあるそうだ。言われてみれば、柳田が採録した説話や物語は、そのプロットの中にはしばしば「通過儀礼」が設定されていて、「人食い」「親殺し」「鬼殺し」といった凄惨な行為の中にも、辺境の狭い閉鎖的集落での実生活をメタファにした掟がはっきりと刻印されている。ビショップ山田氏は、『北方舞踏派』の一連の仕事で東北の「裏日本」に長らく身を置くことで、柳田国男がフィールドワークで体験した世界と似たようなものを、物語の解体・再構築の過程の中で体験したというのであろうか。これは土方同様、一舞踏家として非常に重要で、かつ貴重な体験であり、「場」や「環境」が創作的モティベーションにどのように関わるのかを知る上でも、たいへん興味深い逸話であった。
なお、来月3月4日には、このシンポジウムの後を継ぐかたちで、同じく慶応大学日吉キャンパスで、『1000年刻みの日時計』研究上映会が開催される。これは朝10:30から夕方の18:00までの長時間に及ぶ研究会で、再び土方の貴重な仕事に触れる機会となるであろう。
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