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04. Oktober 07

【名古屋芸術大学・芸術療法講座】第4回講義「中世・ルネサンスで描かれた医師像と患者像」

名古屋芸術大学 芸術療法講座

美術史から読み解く疾病論・医学概論 第4回 「中世・ルネサンスで描かれた医師像と患者像」

 芸術療法講座の第4回は、中世からの主に写本を中心とした図版の中から、医師や患者について描かれたものを多く学生に見せた。今回のポイントは、医学の概念が古代ギリシャ時代からルネサンスにかけて、大きく転換していく様子を、年表だけではなくビジュアルで理解してもらうことである。
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「神」としての医師(16世紀オランダ)

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「人間」としての医師(16世紀オランダ)


 古代ギリシャの医者たちは、科学よりも「神」に近い存在であり、その治療も呪術的な要素が含まれていた。人間の身体に対する認識も、後に登場するレオナルド・ダ・ヴィンチのように解剖という手法を使って論理的に理解するものではなく、それぞれの医師の観念に基づくものである。その最たる例が、ガレノス、アリストテレス、ヒポクラテスらが認識していた「四要素」・「四体液説」である。
 彼らの主な考えによると、人間の身体には例えば、血液・粘液・胆汁・黒胆汁の4種類の体液が存在していて、その4つの体液が調和することによって健康を保つことができるという考え方である。もちろんこれは現在の科学では誤りであり、それは後々の科学者たち、レオナルド・ダ・ヴィンチ、パラケルズス、ヴェザリウスらの科学的実証によって覆され、さらにハーヴェイが「血液循環」論を提唱したことで、ギリシャの医学の神々が言っていたことは闇に葬られたかたちになる。そして中世以降、「神」の座にいた超自然的存在であった医者たちが、人間社会の生活の中に降りてくるのである。
 授業内では、中世以降の人々の日常の生活の中で描かれた、多様な医師の姿と患者の姿の図像を30点ほどと、レオナルド・ダ・ヴィンチの代表的な解剖図を見せた。
 ここで補足しておきたいのは、古代ギリシャの医師たちが言っていたことが、全て誤りである、ということではない。彼らが提唱したこと、そして医学に対する理念の中で、今日の我々が学ぶべきものは多々あるのも事実である。あと付けの科学史で彼らを見ると、認識の誤りばかりに目がいってしまうが、彼らの理念を読み取ることのほうが大事なのである。
 例えば「四体液説」の中で考えられている「病」の発生事由の中で、彼らは「調和」を崩すということをしばしば言うが、これは東洋思想における例えば道教で老子らが言っている「陰・陽」の相関関係や、闇(玄)の領域に生命のエネルギーが存在していることなどとも繋がるが、これはわれわれが健やかに生きていくための知恵であり、ストレス社会で多様の社会病理を抱えた現代では、むしろ学ぶべきことも多い。
 また一方で、観念的な医学から、医学を「科学」へと牽引していったルネサンス時代の科学者たちの功績も大きいのである。なぜなら、彼らは人間の身体を正確に把握するだけではなく、「病」の領域にも科学のメスを入れたからだ。それによって人々が「病」に対して持っていた誤った迷信による固定観念や、それによって「ケガレ」の存在として捉えられていた「病人」に対して、差別や偏見を排除した正しい眼差しを向けるきっかけを作ったからである。
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「牽引治療」(16世紀ドイツ)

 例えば、1590年にヤンセンが複合顕微鏡を発明したことは、人類が初めて「細菌」という未知の病原体と出会うきっかけを与え、それによって、古代においては悪霊や悪い神の仕業であったはずの「病」というものが、科学の目で補足されるようになり、内科的な診断術も格段に進歩していくからである。この科学の目は、病んだ人に向けられていた偏見を是正する一定の役割を果たしているといえよう。

【医学年表】
1452年 レオナルド・ダ・ヴィンチ生誕(ガレノス解剖学の誤りを科学的に正す)
1492年 コロンブスがアメリカ大陸を発見する(梅毒がヨーロッパ全土に伝播する)
1493年 パラケルズス生誕(ガレノス、アリストテレスらの四体液説を否定する。
      また、皮膚疾患などに水銀製剤を用いる)
1543年 ヴェザリウスが解剖書「ファブリカ」を出版する(ベルギー)
1575年 外科医パレが外科学書「パレ全集」を出版する(フランス)
1590年 ヤンセン、複合顕微鏡を発明する(オランダ)
1628年 ハーヴェイ、「動物の心臓および血液の運動」を出版する。
      血液循環論を提唱(イギリス)
1665年 フック、細胞の存在を発見(イギリス)
1668年 グラーフ、卵胞の存在を発見(オランダ)
1676年 レーエンフック、細菌の存在を発見(オランダ)
1677年 ハム、ヒトの精子を発見(ドイツ)
1733年 リンネ、動物、植物、鉱物の分類をおこなう(イギリス)
1761年 モルガーニ、病理解剖学を樹立(イタリア)
1772年 シューレ、酸素の存在を発見(スウェーデン)
1796年 ジェンナー、牛痘接種に成功(イギリス)

(日本)
1302年 梶原性全、「頓医抄」を著す。わが国最古の医学全集
1528年 阿佐井宗瑞、「医書大全」を出版
1649年 蘭学医カスパル来日。西洋外科の始まり
1690年 蘭学医ケムペル来日。「日本誌」を著す。
1706年 樽林鎮山、「紅夷外科宗伝」を著す。(パレ外科全集と陳実功
      「外科宗伝」を参考にしたもの)
1710年 新井白石、「西洋紀聞」・「采覧異言」を著す
1713年 貝原益軒、「養生訓」を著す
1722年 徳川吉宗、小石川薬園内に養生所を設立
1729年 香川修徳、「一本堂薬選」を刊行
1754年 山脇東洋らがわが国で初めて人体解剖を行う
1765年 多紀元孝、私立医学校「躋寿館」を設立する
1766年 香川玄悦、「産論」を出版する
1774年 杉田玄白、「解体新書」を出版
1786年 大槻玄沢、蘭学塾「芝蘭堂」を開く

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