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05. Oktober 07

【名古屋芸術大学・芸術療法講座】第5回講義~キリスト教絵画における「病」と「手当」の概念

名古屋芸術大学・芸術療法講座

美術史から読み解く疾病論・医学概論 第5回 「キリスト教絵画における「病」と「手当」の概念」

 今回の講義は要点は2つ。
 まず1つは、近代的ホスピタルの形成とそれに寄与した修道院看護。それから2つ目は、宗教絵画の中で「病」はいかなるメタファーをもって描かれてきたかを学生らとともに考察することである。
 最初に修道院看護についてであるが、まず、今日では「看護」の意を表す“Nursing”という言葉が、実は「看護」の他にも「養護」「養育」という意味も持っていたことを説明した。つまり、中世の看護は、今日の病院医療のように病人に対してだけ特化して行われていたわけではなく、たとえば孤児、貧民、障害者、老人といった、いわゆる社会的弱者全般に対して向けられていたことの重要性に触れた。
 その制度の中でナーシングの役割を担っていたのが教会の修道女たちであり、彼らの衣・食・住すべての生活空間、すなわち修道院が近代的なホスピタルの前身である。そこで代表的なサン・マルコ修道院、サン・ガレン修道院の見取り図を提示し、そこの中での修道女たちの実際の生活風景を、私がロンドンから資料として持ち帰った20点ほどの写本で見せた。
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修道院での薬草摘み(16世紀中期)

 これを見ると、修道院の中では、看護のほかに、薬草摘み、薬草の調合、家畜の飼育、食物の栽培、パンなどの製造はもとより、瀉血や入浴療法といったことが行われ、生活全般を賄うだけの施設として機能しており、修道女たちや僧医(教会付きの医師)の自給自足の生活空間として成立していたことが理解できるであろう。それは、現代に例えるならば、ライト・コレクティヴやグループホームといった居住形態と比較すると面白い。
 ここでどうしても触れなければならない人物がいる。それは近代看護に大きく寄与したと評価されているナイチンゲールという人物についてである。
Photo
聖トーマス病院(ロンドン、井上撮影)

Nightingale
ナイチンゲール博物館パンフレット(聖トーマス病院と隣接している)

 多くの学生も、ナイチンゲールについては伝記などで定型的なイメージを持っている。ここで私が特に強調しておきたかったのは、ナイチンゲールを従来のように博愛主義一辺倒では取り上げない、ということだった。
 確かに看護史というパラダイムから見れば、ナイチンゲールのさまざまな試みは評価できる点は多々あるのは事実だ。しかし一方で、ナイチンゲールが推奨した博愛精神というものに今一度疑いを持つことも必要である。その一つとして、例えばナイチンゲールの師匠である外科医パークスは、ナイチンゲールとともに様々な戦地に従軍したが、当時の彼ら、つまり大英帝国がやっていたのは資源や食糧をめぐる植民地戦争であるということから目を逸らしてはいけないのだ。とかく美談で語られることの多いクリミア戦争での戦績にしても、これはアヘンをめぐる利権争いの何物でもない。しかも、博愛精神を謳いながらもナイチンゲールは、自国の植民地戦争をある程度容認し、以後もそのことについて公式に自己批判することはほとんどなかったのである。少なくても、私が知る限り、そのようなアーカイブを公文書という形でいまだ見つけられないのである。
 おそらくわが国の看護大学で、ナイチンゲールについてこのようなアプローチから教えるところはないであろう。しかし、芸大生ならば、公平な目で歴史の事実を俯瞰できると考えたので、あえて私は定型的な伝記類で必要以上に美化され評価されてきたナイチンゲールのダークな部分にも言及した。普段から、「作品」というメディアを通してクリティカルな精神を磨いているはずの芸大生ならば、この意味がわかるだろう。

 講義の後半は宗教絵画で描かれたメタファーとしての「病」についてである。
 講義では、ウッチェロ、フィリッポ・リッピ、フラ・アンジェリコ、グリューネヴァルトらの作品を取り上げた。
 まずその中から、フラ・アンジェリコ作「助祭ユスティアヌスの治療」という作品である。
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フラ・アンジェリコ「助祭ユスティアヌスの治療」(1445)

 この作品については有名な逸話が残っている。まず、画面の中で描かれた空間は、アンジェリコが所属していたサン・マルコ修道院の一室である。そこに横たわるユスティアヌス王は、片方の足を脱疽に冒されており、それを見守るように聖コスマスと聖ダミアヌスの2人の守護聖人が寄り添っている。この2人の守護聖人が施そうとしているのは、ユスティアヌスの腐った片足を切断し、その切断面に戦争で死んだエチオピア人の足を新たに付け替える作業である。
 この時代に移植医療のような概念が登場するとは驚きではあるが、実際は移植という部分にこの作品の要点があるのではない(もっともこの時代の外科学に、血管縫合、神経縫合、感染症のケア、疫学的概念が成立していたわけもなく、これは物語の中の「奇跡」のメタファーとして捉えるほうが自然である)。この作品の要点は、「祈り」にもとずく奇跡を体現するための通過儀礼である。
 実際にこの作品に現れたエピソードとは、ユスティアヌスが夢の中で体験したことなのである。つまり、夢の中で病を克服することが、「癒える」ことへの「通過儀礼」として働いているのだ。
 これは、現代の芸術療法の現場で実践されているイメージ療法などと共通する部分がある。イメージ療法とは欧米由来の精神療法で、おもに癌をはじめとする難治性疾患のケアの現場で発展を重ねてきた。例えば、白血病の子供に自分の体内の白血病細胞と、それを攻撃するキラーT細胞が勇ましく戦う空想画などを描かせ、そこで、子供が自分の病と立ち向かうモティベーションを高めさせる、というものである。当初、この療法は精神療法の一つとして考えられていたが、その後の研究で、実際に免疫細胞が活性化する場合もあることが分かってきた。
 わが国では、大阪大学が、癌患者に「お笑い」を見せて、患者を明るい気持にさせることで、免疫細胞がどれだけ活性化されるか研究を始めている。

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グリューネヴァルト「聖アントニウスの誘惑」(1515)

 次に、グリューネヴァルト作「聖アントニウスの誘惑」という作品である。この題材は、これまで多くの画家が題材にした有名なモティーフである。
 この作品の表題にある聖アントニウスとは、かつての修道院制度の創始者である。後のリシェをはじめとする研究者たちは、画面の中で悶え苦しむ人々を苦しめている病は、その聖人から名をとった「聖アントニウスの火」という疫病であると分析している。
 「聖アントニウスの火」とは、麦に麦角菌(エルゴット菌)が寄生して発生する食物病虫害の一種で、この疫病に冒された麦や麦製品を食べると、幻覚をともなう激しい中毒症状を起こして死にいたる。画面の中で多くのクリーチャーが病人に執拗に群がる様は、LSDと似た幻覚作用をもたらすエルゴット菌の毒素で神経を冒された人々が幻覚として見る地獄絵図なのである。この光景は、古くから西洋の写本などで表わされてきた「死の舞踏」のような寓話や戯画的要素を感じ取れるが、実は、この光景は、グリューネヴァルトが実際に疫病で死んだ病人の遺体安置所で描いたデッサンが下敷きになっていることを知った時、この作品の見方もだいぶ変わってくるだろう。

 
 

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