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14. Oktober 07

【名古屋芸術大学・芸術療法講座】第11回講義 「国家」、「都市」と「身体」におけるインサイド/アウトサイド

名古屋芸術大学・芸術療法講座

美術史から読み解く疾病論・医学概論 第11回講義
「国家」、「都市」と「身体」におけるインサイド/アウトサイド
アウトサイダー・アート(アール・ブリュット)の台頭

 今回の要点は、20世紀に入って国民国家主義が台頭してきたことと、それにともなう公衆衛生概念の変化が、人間の「健康な身体」に対する意識形成にどう影響したかということの考察である。
 まず、国家がめざす「健全な身体」像が国民に提示されたことによって、人々は、より好ましいスタンダードな身体=「健全な身体」を希求するようになる。そして、健全なるもの(正常)と、そうでないもの(異常)とを区別するようになるわけだが、はたしてこの「正常」「異常」の線引きは、明確な根拠や基準があって、きっちりと分けられるものなのかどうか、まず疑いをもつことから講義はスタートする。
 最初に私は、自身のドック検診のデータを学生に提示した。検査データの横には、WHOが提示している標準値(正常値)を併記した。私の身体データはすべて正常値に納まっているが、これがもし、5ポイントか6ポイント、わずかではあるが正常値から外れた場合、こいれを「異常」と捉えるのか否か、という問題について考えた。例えば、もしこのままこの数値が今後も動かなければ、これは誤差の範囲内での被験者の「体質」ともいえるわけで、昨今、テレビでの健康情報番組などの影響なのか、あまりにも検査結果の数値をストイックにとらえてしまうことによって、かえってストレスを感じてしまい、そちらのほうで体を壊すというナンセンスさを例示してみた。
 次に具体的な例として、おもに西アフリカ系民族が持っている「鎌状赤血球遺伝子」の話をする。これは医療人類学でもしばしば取り上げられる事例であるが、鎌状赤血球遺伝子を持った人は、赤血球が三日月状に変異する「鎌状赤血球貧血」を発症すると、貧血や血栓などの症状が出て、体に害を及ぼすが、一方で、ヒトの赤血球に寄生するマラリア原虫は、この鎌状赤血球遺伝子を持った赤血球に寄生しても、壊れやすい赤血球の組織と一緒に潰されてしまい、マラリアが発症しない。
 言い換えると、ある限定された地域の人たちは、この遺伝子を持っているおかげで、マラリアには罹らず、結果的に「種の保存」という大原則でみた場合、単に劣性遺伝子とはいえない、ということである。
 ようするに、われわれが、固定観念のもとに判断してしまう「正常」「異常」とは、実はその境界線は微妙なものであり、そんなにすっきりとは区別できないものである。
 以上のようなことを踏まえてから、今回は、何らかの理由で先天的または後天的に心身に異常を持っているアーティストが制作した芸術作品、いわゆる世間ではアウトサイダー・アート、またはアール・ブリュットと呼ばれているものを数点見たあと、東京にある障害者プロレス団体「ドッグレッグス」の試合の動画の一部を上映した。
Doglegs
天願大介監督「無敵のハンディキャップ」

 ここで私が問いたかったのは、同じ障害者の行為であっても、なんで音楽や美術や詩などのたぐいの芸術活動は、世間一般の目に触れる機会が多いのに、プロレスやお笑いはダメなのか、という問題である。
 ドッグレッグスの試合についても学生にレポートを書いてもらったが、やはりほとんどの学生がこんな障害者たちがいることを知らなかった模様である。レポートについては後日詳しくふれるが、ここで少し補足すると、たとえば、

“障害者というと、作業所などで軽作業をしたりするイメージがあったので、衝撃的だった”

 という内容のレポートを書いてきた学生が多くいた。その一方で、身近に障害者がいるらしき学生が、障害者というと世間からは前者のように見られがちだが、むしろそのことに違和感を覚える、という趣旨のレポートを書いてきている。
 ようするに、芸術活動や食品製造などで自立自助をしている障害者の姿は、一般的にみて好ましく見えるようがだ、まずそこに疑いをもたなければいけない。われわれは彼らと接するときに、実は常に「世間」というものがつくった「道徳」とか「良識」という踏み絵を踏まされているということだ。
 われわれが、“芸術活動は素晴らしい行為だ。プロレスやお笑いは見世物だ。”と思った瞬間に、障害者に対する実に定型的な認識とともに、われわれの心の奥底に潜んでいる欺瞞性があぶりだされるのである。

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