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06. Juni 07

名古屋ボストン美術館『アメリカ絵画 子どもの世界』

 現在、名古屋ボストン美術館では『アメリカ絵画 子どもの世界』展が開催中である。この展覧会がスタートしたのが今年の3月17日で、開催期間は8月19日までと長く、場所も名鉄「金山」駅前とアクセスもたいへんに良い。
 一般に、アメリカ絵画、またはアメリカ美術という言葉から連想されるのは、まず第一にウォーホルを筆頭とするポップアートであろう。普段からアートにはあまり関心のない人でも彼の作品や、あるいは彼の作品の亜流といえるような広告ならば、どこかで一度は目にしているであろう。工業製品から食品にいたるまでマス・プロデュースされたアメリカの断片──社会学者ジョージ・リッツァーの言葉を借りるならば“マクドナライゼーション”された社会の断片を切り取る彼の作品は、今もって今日的でもある。一方で、アートに多少の関心のある人ならば、スーパー・リアリズムや現代アートの作家たちの名前が浮かんでくるかもしれない。たとえば、1985年にアメリカ大使館などの後援で新宿・伊勢丹美術館で開催された『スーパーリアリズム展』は、当時わが国のイラストレーション・シーンにおいてエアー・ブラシによるスーパーリアリズム(あるいはハイパーリアリズム)的技法が流行していた状況下で、絵筆も駆使したその技法に多くの興味が注がれた。しかしそのために、作品の重要な社会的背景、いわゆるベトナム戦争を経て生成された「アメリカの病」という成分は濾過されたかたちで、新しいアメリカン・リアリズムとして見た人の記憶に焼き付いている。
 現在名古屋ボストン美術館で展示されている絵画は、そのいずれでもない。ここに展示される作品は、南北戦争を経たアメリカの近代である。このような作品がアメリカ絵画という単体として一堂に集まるのは稀であり、それだけでも貴重な上に、作品のテーマを「子ども」としたこともユニークである。
 ここに描かれた子どもたちは実に様々な顔を持っている。近代という時代は、まさにアメリカという国がフォスターのフォークソングによって体現されていた農業国家から徐々に工業国家へと移行する時代であり、近代という夜明けに夢や希望を抱きつつも、現実には歴然とした格差が存在している。画家たちは、このような混沌とした状況の中で、見た目には、健康状態、発育状態ともに良好に映る子どもたちを多く描いている。技法はクリザイユなどの西洋絵画古典技法がベースになっており、画風としてはヨーロッパ中流階級のポートレイトにも見えなくもないが、実に不自然な面も見ることができる。それは、本来もっと悲惨な姿をさらけ出すはずの貧しい子どもたちも、他の中産階級の家庭の子どもたちと同様に健康的に描かれていることだ。
 たとえば、ジョン・ジョージ・ブラウンの『疲れ切った靴磨きの少年』という作品だが、暗い背景には確かにほころびのある服を着た少年が、一日の過酷な労働の後に疲れきって壁に寄りかかるようにして休んでいる。しかしその少年の身体の発育状態は良好で、顔色も良く、このような状況から、貧困層の子どもにみられる貧血やビタミン欠乏といった様子は見て取れない。これは、当時の画家たちが、富裕層からパトロンを得るために、彼らに気を使い、彼らが目を向けたくない現実──つまりは、子どもたちの間には悲惨な格差が存在し、それが長らく放置されている状況をあえて描かなかったのだという。同じリアリズム絵画でも、たとえばスーパー・リアリズム絵画がすべてのアメリカの現実・日常を公平かつ冷静に平面化することで、アメリカ社会を批評したのとは対照的である。
 当時の子どもたちの置かれた状況を医学史、公衆衛生学の点から考察するともっと分かりやすい。この時代の子どもたちを健康的に苦しめていたのはポリオなどを始めとした伝染病などである。これにより、高熱による脱水や下痢などで多くの乳幼児が死んだ。これを食い止めようと、内科ではなく小児科の分野で輸液療法(点滴)が発達していったのは必然である。現代の輸液療法の基礎を築いたアレクシス・ハルトマン、ダニエル・ダロウ、アラン・マーシー・バトラーらの代表的なアメリカ人医学者たちは、全員小児科医出身であり、彼らの祖先がこの南北戦争時代に欧州、おもにドイツ、イギリスから入植したのだ。また彼らは、小児科という診療分野に「養育」という概念も体系的に入れて、小児の発育格差の是正にも取り組んだのだが、それは困難を極めた。
 このように見ていくと、アメリカ近代絵画に描かれた世界や時代背景は、アメリカ近代医学が急速に加速しながら格差を生み、それが現在に至ってもいまだ解決されていない現実とも強く結び付いているように思う。

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