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2007年6月 1日 (金)

【再掲】点滴史を築いた人びと(6)~ダニエル・ダロウ

(このテキストは,難治性大腸疾患情報誌「CC JAPAN」に2001年4月から2003年2月にかけて連載した評伝を再掲したものです。ここに登場する歴史上の医学者たちは,輸液(点滴)の発達に大きく寄与した人物たちであり,その中で,リンガーの仕事はどのように位置づけられるかを改めて考察するものです。)

点滴史を築いた人びと 第6回

ダニエル・キャディ・ダロウ(Daniel Cady Darrow,1895-1965)

Darrow1_1  19世紀から20世紀にかけての輸液史の中で、混沌とした時代が3度訪れる。ひとつはリンガー(注1)の生理学の時代、ギャンブルをはじめとする小児科学の時代(注2)、そして近・現代になって主にダドリックらの研究によって外科学の分野で発達した手術後の中心静脈栄養や、大腸疾患のケアのための経腸栄養などの時代である(注3)。
 このようにして改めて輸液の歴史を振り返ると、それは医学の実にさまざまな分野をあたかも身体をめぐるように流動的に循環して発展を遂げてきたものだということがわかる。
 輸液史におけるこの3つの時代は、もちろん医学史というタームの中から見た場合にクローズアップされてくるのだが、その医学史をもう少し広くとらえて、たとえば人類の文化史のひとつとして見ていくと、もっとも混沌としているのが1880年代から1930年代にかけてのアメリカである。つまり、近代アメリカで大きな発展を遂げた輸液史は、別の見方をすればアメリカ移民史そのものなのだ。
 この時代はイギリス、ドイツ、オランダなどのヨーロッパ諸国で誕生したそれぞれの医学がその文化的土壌をもって、アメリカという地に移植されて新しい文化をもたらした時代なのだ。例えばドイツ移民のハルトマン(注4)は、ドイツの伝統的な医家系の文化――すなわち、医家たるものその道を極めるだけではなく、芸術・文化における教養、スポーツを通しての健全な肉体と精神の鍛練といった「文武両道」の精神をもたらした。そして今回登場するアイルランド移民のダロウもまた自らの民族の血をもって、アメリカに根をおろした人物の一人だ。
 ダロウ液の発明者であるダロウは1895年にノースダコタのファーゴに6人兄弟の一人として生まれた。彼の母方の祖父母はフロンティア精神旺盛なアイルランド人である。彼らは故郷を捨てて2度にわたりアメリカへの航海を試みるが、一度目の航海では船が座礁して失敗に終わる。しかし二度目の航海でニューヨークにたどり着き、そこからウィスコンシン州東部のアップルトンに入植した。こんなたくましい一族の血を引くダロウの両親もアメリカの大地にふさわしい進歩的な思想の持ち主であった。特にダロウの母は参政権取得などの女性市民運動で活躍した人物で(注5)、ダロウや彼の兄弟たちもしばしば市民集会に参加していたという。父は外科医だが、文学を特に好み、医学書を詩や文学のように読むのを趣味としていた。
 ダロウの人生はこの自由精神を見事に反映している。彼の足跡をたどると、まずノースダコタの農業大学に2年間在籍し、そのあとすぐにコーネル大学へと移籍する。この時彼は友人に自分が科学に興味があることを打ち明けると卒業後すぐにジョンス・ホプキンス大学へと入学し、当時もっともモダンであったアシドーシスの研究に没頭する。その後もニューヘブン、ボストン等の市民病院でインターンのトレーニングを続け、1925年にはハルトマンのいるワシントン大学の小児科に在籍し、1927年にはエール大学の小児科に入局する。
 彼はここで初めて下痢による脱水で苦しむ4才男児の患者と出会う。この少年は今でいう低カリウム血症であった。ここで活かされたのはダロウが大学時代に得た生化学の知識と技術である。彼は患者の少年の体液のphが極端にアルカリに傾倒し、しかもカリウムが欠乏していることに気付くと、先にハルトマンが提唱していた乳酸リンゲル液にカリウムを加えた輸液を患者に与え、症状を軽減させることに成功したのだ。これが今では「KN補液3A」(大塚)などの原形となり汎用されるにいたっている。
 その後のダロウの人生だが、彼は1953年までエール大学に在籍し、小児におけるアルカローシスの研究と治療を続けた。しかし彼の目は必ずしも患者の病気だけに向けられたものではなかった。患者の生活水準、階級などといった病原のバックボーンにも目を向け、人種により貧富の差が歴然とある社会の中で、患者の生活改善をどのようにフォローしていけばよいのか、といった新たな問題提起も行なった。このような、「医療」とそれをとりまく「人間」「社会」との接点、そこで生じるさまざまな問題を社会問題として医療の中にとりこむという発想の原点は、かつて女性人権運動やさまざまな市民運動に尽力してきた母のうしろ姿にあるのであろう。
 彼はしばしば同僚の医師たちに言っていた言葉がある。“The patient gave me the idea”、つまり患者に出会うごとに医師は成長し育てられていく、ということである。
(井上リサ, e-mail:lisalabo@t3.rim.or.jp, CC JAPAN, Vol.5, pp.16-17, 2001)

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同僚の医師とディスカッションするダロウ(右から2番目)
Cooke RE. Daniel C. Darrow, M.D. J Pediatr. 1966 Sep; 69(3): 490-495.

(注1)
シドニー・リンガー(Sydney Ringer, 1835-1910)はリンゲル液を発明したイギリス人生理学者。(詳しくは「CC Japan」Vol.2及びVol.3のコラムを参照)

(注2)
ハーバード大学のギャンブル(James L.Gamble, 1883-1959)をはじめ、この時代は小児科医たちが活躍した時代である。今でも名前が残る「ハルトマン液」、「バトラー液」、「タルボット液」などの輸液剤の名は、その発明者である小児科医たちの名に由来する。

(注3)
ダドリックは静脈からの高カロリー輸液に初めて成功した人物。1967年に小犬の上大動脈にカテーテルを留置し、カゼインと30%ブドウ糖液だけで最高255日間の生存に成功した。後にこれは臨床で応用され、1968年には経口摂取が不可能な先天性腸閉鎖症の新生児に44日間にわたり同様の方法を試みて、その間新生児が正常に発育・成長したことを世界で初めて報告した。

(注4)
ハルトマン(Alexis Frank Hartmann、1898-1964)は乳酸リンゲル液を発明した人物。(詳しくは「CC JAPAN」Vol.4のコラムを参照)

(注5)
ダロウの母は女性にも教育と学問が必要であると唱えた人物。シカゴやニューヨークといった大都市へ旅行へいった際にはいつも手に抱えきれぬほどの雑誌、新聞、本などを買い求めていたというエピソードが残っている。

参考文献
Schwartz R. Comments from another student of Gamble and Darrow on fluids. Pediatrics. 1996 Aug; 98.
Hellerstein S. Daniel C. Darrow. J Pediatr. 1993 Nov; 123(5): 833-836.
Schloerb PR, et al. THE SURGEON's debt to Daniel C. Darrow. Am J Dis Child. 1966 Oct; 112(4): 280-282.
Powers GF. Daniel Cady Darrow. Am J Dis Child. 1966 Oct; 112(4): 271-272.
Cooke RE. Daniel C. Darrow, M.D. J Pediatr. 1966 Sep; 69(3): 490-495.
Darrow DC, Soule HC, Buckman TE. Blood volume in normal infants and children. J Clin Invest 1928;5:243-58.
Darrow DC. The role of the patient in clinical research of a physiological problem. Yale J Biol Med 1956;30:1-15.
Dudrick SJ. et al. Long-term total parenteral nutrition with growth in puppies and positive nitrogen balance in patients. Surg Forum, 18:356, 1967.
Dudrick SJ. et al. Long-term total parenteral nutrition woth growth, development and positive nitrogen balance. Surgery, 64:134, 1968.
Mengoli LR;Excerpts from the history of postoperative fluid therapy. American Journal of Surgery, 1971, 121 (3): 311-321.

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