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2007年6月18日 (月)

【再掲】点滴史を築いた人びと(8)~ジェームス・ローダー・ギャンブル(後編)

(このテキストは,難治性大腸疾患情報誌「CC JAPAN」に2001年4月から2003年2月にかけて連載した評伝を再掲したものです。ここに登場する歴史上の医学者たちは,輸液(点滴)の発達に大きく寄与した人物たちであり,その中で,リンガーの仕事はどのように位置づけられるかを改めて考察するものです。)

点滴史を築いた人びと 第8回

ジェームス・ローダー・ギャンブル(後編)(James Lawder Gamble, 1883-1959)

戦争とモダニズム
 ギャンブルをはじめ、バトラー★注1)、ダロウ★注2)など輸液の歴史に大きく関わった医学者たちには小児科医出身であるという事と同時に、もうひとつ大きな共通点がある。
 それは、2つの大きな戦争(第一次世界大戦および第二次世界大戦)を体験したという事実である。
 彼らの人生の中で戦争が落とした「陰」はさまざまである。
 ある者は兵役にかりだされ、移民社会アメリカにおいて自分自身のルーツについて偏見や差別を受けたり、またある者は、一時期医学研究のリタイアを余儀なくされたりもした。
 これらはみなネガティブな出来事だが、皮肉にもこの戦争をきっかけに、医学が大きく進歩し、人類に恩恵を与えたのも事実として認めなければならない。
 医学史を振り返れば、例えばクリミア戦争ではナイチンゲールが登場し、野戦病院という空間から兵士(患者)の衛生管理という新しい概念が確立されたのは周知の事実である。
 ナイチンゲールが着目したように、戦争では兵士の衛生管理、栄養管理が戦況を左右する事は多分にあり、ギャンブルは特に海上で長く生活する海兵隊員や空軍パイロットの栄養管理に積極的な提言を行なった。ギャンブルは、兵士が厳しい戦闘の中で生き残るためには糖質も充分に摂取し、体重を維持する事にも触れているのだ。
 糖質摂取による体重維持――これは後に輸液が電解質補正という当初の目的から完全静脈栄養の概念にまで広がりを見せていく予感も感じさせるものだ。

「ギャンブルグラム」という最高傑作
 仮に、「輸液史モダニズムの夜明け」というものがあるとしたら、それは1923年であろう。
 1923年、ギャンブルは正常血漿内の酸塩基組成を明快な図で表わした(図1)。これは試行錯誤の末、後にバージョンアップを繰り返し、完全なる形をなしたのだ(図2)。彼がハーバード時代から取り組んでいたテーマ、すなわち――細胞液の組成と代謝の研究、それが身体に及ぼす影響という命題がここにようやく帰結する。
 一見するとモダンアートのアブストラクション(抽象表現)にも見える美しいグラフは、後にギャンブルグラムと呼ばれるようになる。
 ギャンブルグラムが画期的だったのは、これまで非常に抽象的にとらえられていた体液平衡という概念を明確に表わしただけではなく、他の研究者たちがそれぞれ個別に行なっていたこと――例えばハルトマン★注3)が行なっていたアシドーシスの研究や、ダロウが試みた小児の低カリウム血症の治療などの概念をも網羅する輸液治療のための集大成であった。これによって「体液生理学」という新しい概念が初めて生まれたのだ。

プライベートとその晩年
 ギャンブルのプライベートについてエピソードをいくつか拾っておくと、彼は1916年に結婚し、妻との間に女子2人男子3人の子どもをもうけている。そのうちの1人が彼と同じハーバードへ進学し医学の道へと進んだ。
 それから、彼のキャラクターであるが、実際に彼の講義を受けた弟子たちは、彼からきめ細かく親切で丁寧な指導を受けたと評価しているものが多い。中でもギャンブルの弟子たちの目に印象深かったのが、彼が講義中にしばしば熱弁をふるい、よく水を飲んでいたという事である。彼は講義終了のチャイムが鳴ると同時に、ポットに残っている最後の一杯を一気に飲み干したなどというエピソードも残っているほどだ。細身で渋い印象を受ける彼の外観とは対象的である。
 忙しいギャンブルの唯一の楽しみはボート・セイリングであった。休暇にはボストン周辺の海域をセイリングしたり、キャビンの中でのんびりと過ごす事もあったという。
 晩年は、1959年に亡くなるまで彼の名声は失せる事はなかった。まず1950年にロード・アイランド医学学会からの表彰を皮切りに、1951年にはアメリカ医師学会、1954年にはロイヤル・カレッジからもそれぞれ表彰され、そして1955年には小児科学においてもっとも権威あるホーランド・アワードを受賞している。その後彼が亡くなってからも、彼が残した著書、論文は世界各国で読まれるようになり、現在でも水・電解質、酸塩基平衡といった生理学の教科書としても多くの看護学生、医学生たちにも読まれている。
(井上リサ, e-mail:lisalabo@t3.rim.or.jp, CC JAPAN, Vol.8, pp.34-35, 2002)

Gamble_fig1_2






















図1-a
1923年に論文に発表されたギャンブルグラム
(Gamble JL, Ross GS, Tisdall FF;The metabolism of fixed base in fasting. J Biol Chem, 1932, 57: 633-695)

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図1-b
ギャンブルグラムのスケールをもとに実際に治療を行なった際の記録。治療経過を体液内の環境に着目した画期的なスケール。患者は8才のてんかんの女児。

Gamble_fig3

図2
1942年の論文でヴァージョンアップされたギャンブルグラム
(Gamble JL;Chemical anatomy, physiology and pathology of extracellular fluid. Harvard University Press. Cambridge, 1942)

注1)
バトラー(Allan Macy Butler, 1894-1986)はハルトマンと同じく、小児の下痢や嘔吐によるアシドーシスの研究、治療に尽力した小児科医。(詳しくは「CC JAPAN」Vol.5のコラムを参照)
注2)
ダロウ(Daniel Cady Darrow,1895-1965)は、乳酸リンゲル液にカリウム・イオンを加えた輸液剤、いわいる「ダロウ液」を発明した人物。ダロウ液は今でも低カリウム血症などの治療に使われている。(詳しくは「CC JAPAN」Vol.6のコラムを参照)
注3)
ハルトマン(Alexis Frank Hartmann, 1898-1964)は乳酸リンゲル液を発明した人物。(詳しくは「CC JAPAN」Vol.4のコラムを参照)

参考文献
Gamble JL, Ross GS, Tisdall FF;The metabolism of fixed base in fasting. J Biol Chem, 1932, 57: 633-695
Gamble JL;Chemical anatomy, physiology and pathology of extracellular fluid. Harvard University Press. Cambridge, 1942
Mengoli LR;Excerpts from the history of postoperative fluid therapy. American Journal of Surgery, 1971, 121 (3): 311-321.
Holliday MA.;Gamble and Darrow: pathfinders in body fluid physiology andfluid therapy for children, 1914-1964. Pediatr Nephrol. 2000 Dec;15(3-4):317-24.
Holliday MA.;James L. Gamble. J Pediatr. 1993 Jan;122(1):156-61.
Oehme J.;James L. Gamble (1883-1959). Kinderkrankenschwester. 1993 Sep;12(9):325. German.
Franklin CB.;James Lawder Gamble (1883-1959)A Biographical Sketch. J Nutr. 1981, 111 (2): 203-207.
Harvey AM.;Classics in Clinical Science: James L. Gamble and "Gamblegrams". Am J Med. 1979, 66 (6): 904-906.

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