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2007年3月 7日 (水)

【再掲】点滴史を築いた人びと(2)シドニー・リンガー(前編)

(このテキストは,難治性大腸疾患情報誌「CC JAPAN」に2001年4月から2003年2月にかけて連載した評伝を再掲したものです。ここに登場する歴史上の医学者たちは,輸液(点滴)の発達に大きく寄与した人物たちであり,その中で,リンガーの仕事はどのように位置づけられるかを改めて考察するものです。)

点滴史を築いた人びと 第2回

シドニー・リンガー(Sydney Ringer, 1835-1910)(前編)

 現在はアートスクールの一角をなすロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの北側棟には,あるプレートがひっそりと埋めこまれている。
 “Here worked Sydney Ringer”とここに名の刻まれたリンガーなる人物こそ,長い点滴の歴史の中でその原点ともいえる「リンゲル液」(注1)を発明した人物なのだ。リンゲル液誕生の壮大な物語りは,かつてリンガーの研究室があったこの場所から始まる。
 リンガーは1835年にイギリスの田舎町ノーフォーク州ノーリッジに3人兄弟の二男として生まれる。父のジョンは地元では有名な貿易商であったが,リンガーが生まれてまもなく他界した。やがて兄のジョンと弟のフレデリックは,父の仕事を受け継ぐためにそれぞれ上海と長崎へと渡り,リンガーだけが母のもとで育てられることになる。
 リンガーはすでに子ども時代から科学や医学に興味を抱いており,当時よく知られたブレーワーの著書『科学の手引き(Guide to Science)』に出会ったのがきっかけで進路を決定づけることになる。そこで子ども時代から優秀であったリンガーは当然のことながらオックスフォード大学の医学部を志すが,彼の受け入れは拒否されたのである。なぜならリンガーはプロテスタントの家に産まれた者だからだ(注2)。
 当時のイギリス社会はカトリックを頂点として,その教会勢力が学問や芸術の世界にまで及んでいた。そこで唯一,異教徒の彼を受け入れたのがロンドン大学だ。ロンドン大学は創立当時から革新的思想を持っていた大学で,女学生に対して初めて学位の称号を与えたり,海外からも積極的に留学生を受け入れていた(注3)。この大学との出会いがリンガーにとっては生涯にわたる数々の奇跡を生んでいくのである。
 その奇跡のひとつが,リンガーの研究棟に流れる水道水であった。一六六六年のロンドン大火災の時から創業しているニューリバー・ウォーター・カンパニー社が供給する水は,実は数種のアルカリ・イオンを含んでいたのだ。その水をめぐってリンガーはある実験中に思いもがけないアクシデントに遭遇する。
 1883年のある日のことである。リンガーはいつものようにカエルから摘出した心臓を使って生理学実験を行なっていた。これは生きている心臓に生理食塩水を循環させて心臓の機能をリサーチするという実験で,彼の一貫したテーマである。しかしこの日だけはいつもの実験とは様子が違ったのだ(図1)。
 生体から摘出された心臓は,たとえ生理食塩水を循環させても普通ならばやがて停止するのだが,この日は4時間以上も力強く動き続けたのだ。リンガーはただちにこの異常に気づき,原因をさぐるのである。
 その結果,実験中になんらかのアクシデントが起こり,生理食塩水を作るために準備していた蒸留水に水道水が混入していたことがわかったのである。しかもその水道水は多電解質を含んでおり,リンガーは結果的に0.75%生理食塩水にカリウム,マグネシウム,カルシウムイオンなどを含んだ“未知の溶液”を産み出してしまったのだ(図2)。
 これが,彼が世界にその名を馳せた「リンゲル液」の原点である。
 リンガーはこれをきっかけに,当時はまだ謎とされていた心臓のメカニズムを次々と解明していった。それは,カルシウムとカリウムが正しい割合で存在する事で心室の収縮がはじめて正常に維持でき,しかもカルシウムが少なすぎたり,カリウムが多すぎると収縮は不規則で弱まり,さらにカリウムを増やしすぎると心臓が止まってしまう,という歴史的大発見である(図3)。
 しかし,このような歴史的大発見をしたリンガーではあったが,当時のイギリス医学界といえば,オックス・ブリッジ閥が絶大な権力を握っており,他派閥出身であったリンガーのことをなかなか認めようとはしなかったのだ。
(井上リサ, e-mail:lisalabo@t3.rim.or.jp, CC JAPAN, Vol.2, pp.36-37, 2001)

Ccjapanringer01
図1 リンガーが心臓の灌流実験に用いた装置。
当時はまだ心電図,筋電図などのデジタル機器はなかったので,脈波の微妙な振動を増幅して記録紙に転写した。現在のようにP波,Q波,R波,S波などは検出できないが,心拍ターム,心室細動,心停止などの様子は充分に記録できた。
(Gunther,B. Ringer and the discovery of saline solution (1882). Rev. Med. Chile 115: 367-374, 1987.)

Ccjapanringer02
図2 リンガーが「英国生理学誌」(Journal of Physiology)に発表したもっとも有名な論文。
ここに「リンゲル液」誕生の壮大なドラマがかくされている。
(Journal of Physiology, 1883, 4:29-42.)

Ccjapanringer03
図3 リンガーが実験で記録した心臓の波形図。
この実験では,様々なアルカリ・イオンが心筋に及ぼす作用についてリサーチしている。
これは後の心電図,筋電図の概念を導びくばかりか,外科手術の際の人工的な心停止状態の維持,心室細動の除細動といった技術にも応用された。
(Journal of Physiology, 1883, 4:29-42.)

注1)
「リンゲル液」を原語で表記すると「Ringer's solution」である。つまり本来ならば「リンガー液」と英語式に発音するのが正しいが,当時の日本は明治維新の政策として帝大に高名な医学者ベルツを招聘するなどドイツ医学が導入されたため,Ringerもドイツ語式に発音した名残がある。これは日本と日本の医学から影響を受けたかつてのアジア諸国(例えば韓国など)だけの特異な例である。
注2)
リンガーと同じような理由で入学を拒否された者としてはクエーカー教徒の外科医リスターがいる。彼もロンドン大学に進学し,リンガーと同じく生理学をウィリアム・シャーピーに学んだ。
注3)
日本からも伊藤博文,井上 馨,五代友厚らが留学したのは有名である。

参考文献
Ringer, S. Concerning the influence exerted by each of the constituents of the blood on the contraction of the ventricle. Journal of Physiology, 1882, 3:380-393.
Ringer, S. A further contribution regarding the influence of the different constituents of the blood on the contraction of the heart. Journal of Physiology, 1883, 4:29-42.
The Late Dr.Sydney Ringer. University College Hospital Magazine, 1910, 1:85-88.
Obituary. Dr.Sydney Ringer. Lancet, 1910, 2:1386-1387.
Obituary. Dr.Sydney Ringer. British Medical Journal, 1910, 2:1384-1386.
Obituary. Dr.Sydney Ringer. Nature, 1910, 84:540.
Gunther, B. Ringer and the discovery of saline solution (1882). Rev. Med. Chile 115: 367-374, 1987.
Dale, H. Accident and opportunism in medical research. British Medical Journal, 1948, 2:451-455.
Merrington, W.R. University College Hospital and its medical school: a history. Heinemann, London, 1976.
Beveridge, W.B. The Art of Scientific Investigation. Vintage Books, New York, 1957.

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